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子供の可能性を最大限に引き出そう


個別記事の管理2014-04-17 (Thu)
 教育ここが知りたい第15回

 先日、娘とテレビを見ていて、途上国の支援のあり方について
 少し話した。砂漠に井戸を掘ったり、学校を建設したりするのは
 よく聞く支援の一つだと思うが、出るのか出ないのかわからない
 砂漠に井戸を掘る作業が実にボランティアだなというような手際
 で、遅々として進まない様子を見て、どうしてもっと近代的な方
 法でやらないのかと、娘は疑問に思った様子。

 企業がお金もうけのためにやる支援とは違って、本当にそこの
 人のためになる支援の方法とは何かを考えると、こういう形に
 なるのだということを娘に話してやりながら、教育も長いスパ
 ンで考えないといけない物である点は同じだとふと思った。

 支援のあり方の一つに、現地の人ができる方法でやるということ。
 そしてそこにある物を使って最大の効果を得られるように工夫す
 るということがあげられる。

 それは先進国の理屈で物事を進めてしまうことで、現地の人の
 生活様式を破壊してしまったり、そこに昔から続いている伝統を
 無視したおしつけがましい支援となってしまうことをできるだけ
 避けるために必要な最低限のルールだ。

 本当に喜ばれる支援とは何かと考えた結果、そこの国のその地域
 の人の考え方や生活様式を尊重した上で、そこの人が自分達の力
 でもきれいな水を確保して、もっと手際よく子供達の学校の給食
 を作れるようになる方法ということになると、私達が普段もっと
 効率よい方法でやっているようなことをそのまま持ち込めないと
 いうことに気付く。

 例えば、かまどを作るのにも、その国の一般的な鍋の形状を考え
 ると、それがきれいにおさまる形でなければならないし、土を
 固めて作っていくかまどにちょっとした工夫をして、それなら
 自分達でもできるという技術を教えることで、普通の主婦でも、
 かまどを自ら作ることができるようになる。

 こうすることで、その方法がその地域の人達に伝授されていき、
 支援団体もまた次の地域に支援の手をさしのべることができる
 ようになる。

 いつまでも人からやってもらって、お金や物で解決していく方法
 では、その国の真の自立はあり得ない。

 だから傍目にはもっとさっさと機械で掘削して、コンクリートか
 何かで固めてしまえばいいのにと映ることでも、手作業で村人が
 自ら頑張って作り上げることで、そこの人自身がそこの物で自分
 達で井戸を作り、自立できたのだという自信を持つことができる
 ようにすることで、長い目で見ると、それが真の発展につながっ
 ていくことになるのだということを、まだ娘は経験がないため
 よくわからなかったようだ。

 目の前で困っている人にパンや水を与えてとりあえずしのぐこと
 はできても、継続して物を与え続けないと死んでしまうのなら、
 それはずっと物もらいから脱出できないことになり、人間として
 の尊厳も何もない状態におかれてしまう。

 本当に助けるというのは、生きる術を教えること。作物の作り方
 であったり、水を確保する方法で、ずっとお金で物を与え続ける
 ことではない。

 ただ、そうは言っても目の前で飢えて死にそうな場合などは、と
 りあえずの支援として食料が必要であるので、そこまでになる前
 にまだ余力がある時にこそ、基礎から教えて自ら考えて発展させ
 ていく教育が必要なのだろう。

 さて、本題の子供の教育だが、学力不足の子供にとりあえずここ
 を覚えて何とか明日のテストで点数を取らせて、進級を確保する
 というような方法をずっとやっていたとしたら、永遠にその子は
 本当の意味での学力をつけることはできないだろう。

 基礎から教え直し、その子が理解できる言葉で、その子の目線で
 少しずつ進んでいくことで、はじめてわかったという感覚が持て
 て、そこから自ら勉強しようという気持ちになるまでには、かな
 りの遠回りが必要だ。

 できのいい子供でも、要領よく一夜漬けして範囲を暗記していき
 点数だけ取るというのは、まさに途上国のその場しのぎの支援と
 同じで、次に続いて発展する可能性が低いことが多い。

 娘の周りにもそういう子供がたくさんいる。
 定期考査は娘より遙かに点数がいいのに、模擬試験になると途端
 にできなくなる。普段は上手にでるところを情報として聞いてき
 て点数をかせぐのに、本番の模試では範囲がなく、でるところも
 わからないので、基礎学力が出来ていない子はそこで躓くのだ。

 娘には遠回りに見えても、その人が力を確実につけていけるよう
 に、その人にあった方法で発展していく道を学んでほしい。

 とにかく短期間に点数を上げる魔法の方法などは存在しないし、
 よくTOEICなどで点数を短期間にあげる方法論などがもてはや
 されているのを見かけるが、ある程度それでできても、実際
 800点以上の人でも話せない人がいたりするのを見ると、まさに
 こういった支援のあり方と似ているなと感じてしまう。

 子供の教育は、遠回りが必要で、地道に種を蒔き続け、芽が出る
 までに何年もかかるのものだということを、親は認識しておかな
 ければいけない。特に英語教育などは時間がかかるし、すぐに
 諦めたり、どうせ無駄になると思ってしまわずに、長い目で見て
 いつか自力で歩き出せる日まで、身の丈にあった方法で一緒に
 歩いて行く根気が必要なのだと思う。

 娘が英語をある程度もう大丈夫かなと思えるようになるまで
 10年以上かかった。短期間に子供のうちに英検何級になりました
 ということで満足するのではなく、大学受験を見据えて、学校で
 使える英語力も確保していくということを今も続けているので、
 この想定外という物語も、未だに発展途上なのだと言える。

 いつか高い所に上って、自力で何かを成し遂げる人になった時
 に、この物語も完結を迎えるのかなと思いを馳せながら、当分
 そういう日はまだこないだろうとも考える。

 果たして娘は更なる進化を遂げてくれるのだろうか・・・?

 それはもう少し後にならないとわからない。




 なんだかとりとめもない話に
 なってしまったけれど、できあがった
 物を与えるより、自ら考え出して進化して
 欲しいと願う親心を吐露してみた
 まめっちママに、それわかるよと思われましたら、
 応援よろしくお願いします。
  ↓ ↓ ↓
 ブログ村 子供の教育



 
 
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* Category : 教育ここが知りたい
* Comment : (2) * Trackback : (0) |

* by マリー
高校受験がヒシヒシと近づいてきて、
この子は本当に大丈夫何だろうか?と
日々不安を抱えながら過ごしています。

子育ての本質を見失っていました(^_^;)

子供を育てる事は生きる術を教える事ですよね。
いつも深いいお話をどうもありがとうございます!

マリー様へ * by まめっちママ
私のような未熟な親がえらそうに講釈しているのも
どうかと思うのですが、本当に子供のためになる教育って
何だろうと考えた時、親が与えた完璧な物より、子供が
自ら拙くても頑張って考え出したことを大事にしてやりたい
といつも思います。ただ、子供はまだ経験が浅いので、間違
ったこともやりますし、知らないことが多いので、その
時には手助けが必要だなと思うのです。生きる術を教える
ための教育に何が必要か、いつも自問自答の日々です。

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