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個別記事の管理2013-11-27 (Wed)
 教育ここが知りたい第十二回

 久しぶりのシリーズ復活!
 というかこのブログ自体を少々放置していたので、ちょっと
 真面目に書かないといけないかなということで、お稽古事につ
 いて少し書いてみようかと思う。

 お稽古事は、正直どこまでやったらいいのかという話で、私の
 子供の頃の話になるが、当時としては珍しく?いやそうでもない
 かな・・・母が結構教育熱心で、貧乏だったのに、子供にはたく
 さんの習い事をさせていたし、それなりにかわいい洋服なども
 買ってくれていたのを覚えている。

 一人っ子だったため、お金をかけることができたのかもしれない
 が、あの頃は高度経済成長期だったので、働けば生活は右肩上が
 りになり、夢があった時代で、マイホームも私が小学校6年生の
 時に購入された。それまで私の部屋はなくて壁の凹みの部分に机
 を置いて、そこが自分のスペースだと喜んでいたのだ。
 
 私がやっていたお稽古事というのは、ありきたりだが、当時の
 定番、そろばん、習字、ピアノだった。

 そろばんはほぼ毎日通い、みるみるうちに上達した。
 地区大会で優勝し、大阪府の大会に常連出場していたので、それな
 りに楽しかったことを覚えている。

 ピアノもそこそこ上手になり、通算11年やったので、ソナタぐら
 いは弾けるようになっていた。
 唯一やっていなかったのが実は塾通いで、この頃は誰も塾などに
 通っておらず、そもそも中学受験など誰がする話なのかという
 世界で、たまに国立受験の子がいて、それも抽選で最後は決まる
 ので、学力があっても、そこで落ちてしまうことがほとんどで、
 学校の友達も受けた子がいたけれど、結局その抽選とやらで、
 振り落とされてしまった。そしてみんな仲良く近所の公立中学へ 
 と進学していった。

 そういう古きよき時代だったので、塾で遅くまで勉強するなんて
 ことは経験せずに済んだ。
 そのせいもあって、お稽古事は長く続いていて、そろばんは小学
 校6年生まで、習字もそれぐらいまで、ピアノは中学2年ぐらい
 まで続けていた。

 ただ、とても残念だったのは、母の考え方が勉強をして固い職業
 について欲しいということだったので、いわゆる芸術系のおけい
 こは、ほとんど母の勝手な判断でやめさせられてしまった。

 私は当時かなり素直な子で、そろばんは大好きだったのだけれど
 中学に入って勉強の邪魔になるからという理由で、夜の部に通っ
 ていたのだが、泣く泣くやめた。
 本当にこれだけは、やめたくなかったのだが、母が厳しい人だっ
 たので、中学は勉強が大事ということで、すべてのお稽古事は
 そこで終わりになってしまった。

 今思えば、ピアノだってもっとやっていてもよかったし、他に
 やりたいことも出てきたので、親に自己主張してやらせてほし
 いと言えばよかったのだ。

 すべては私が気が弱く、大人しい子だったため、親としては育て
 易い子だったと思うが、それをいいことにすっかり自分カラーに
 染めて育ててしまったのだ。

 大人になってからも、良い子の続きをやっていた私は、反抗期
 というものがなかった気がする。

 それでも結婚に関してはちょっともめて、今は随分図太くなって
 親も昔とは違って丸くなり、(というか弱くなった)孫に大甘の
 普通の優しいおばあちゃんとなった。

 なんだか私の時とはえらい待遇の差で、娘には何でもさせて
 お金もかけてやっているのに、当時は随分厳しく、私には色々
 制約を加えてきたものだった。

 まあそんなことも遠い思い出で、別に恨んでいるわけでもないが
 そういう背景もあったせいか、私は娘には寛容で、何でも可能性
 がある事はすべてさせてやりたいと願うようになった。

 あの頃の私が、もう少し頑張って続けていたら、もっともっと
 別の人生になっていたかもしれないことを後悔しているからか、
 娘にはやりたいことをたくさんやって、その中から自分が一番
 好きなこと、一番頑張れる事を選んで、その道を極めてほしい
 と願っているのだ。

 ところが人生とは皮肉なもので、今度は娘がちゃらんぽらんで
 どれもすぐにできるようになるのに、これがという物がなく、
 絶対にやめたくないとか、頑張って人には負けたくないという
 ような物が全くないのだ。

 そんな娘のゆるさに歯痒い思いをしてしまうけれど、よく考えた
 ら、それも娘の人生で、私が暑苦しく娘の進路を決めてしまうこ
 とはできないわけで、もし強引に色々させて、頑張れと発破をか
 け続けたら、結局別の意味で、母と同じで、子供の意志を無視し
 た押しつけになってしまうことに気づき、勿体ないなと思っても
 できるだけ娘の意志を尊重するようにしてきた。

 だから英語をそんなにもうやりたくないと言う娘には、無理に
 英検に合格しろとか、もっとそっちの勉強をして洋書を読めと
 か、そういうことはさせなくなった。

 小さい頃にピアノで挫折した娘だけれど、電子ピアノも惜しげも
 なく人に譲ってしまったし、そろばんも、これは私のこだわりが
 あったので、一番抵抗があったけれど、娘が嫌いなものは、たと
 えどんなに才能があっても、それ以上無理にはさせなかった。

 本来なら無理にでも頑張らせておく方が一流と呼べる人にはなる
 のだが、私は親が決めた人生は結局後悔することになるという思
 いがあって、娘には自分で決めさせようと決心した。

 もちろん種まきはたくさんしておいた。何もしないで、子供の意
 志を尊重とか、子供がやる気を出したら、やらせてもいいけどな
 んていう考えではなく、ある程度たくさんの種をまいておいて、
 そこから芽が出た中から、娘自身が選べるように仕向けておくこ
 とだけはしておいたのだ。

 ここがよく勘違いをする部分で、昔公園仲間で子供のおけいこ
 とかには、ほとんどお金をかけない人がいた。
 そこの家庭の主義だから、別に問題ないのだが、子供がやりた
 いと言ったらさせるけど、言わないのなら、何もしない。

 そういう考えだった。でも何も与えずに自分で決めろと言われ
 ても、何をしていのかわからないし、みんな特技の一つぐらい
 は持っているものなので、そこで困ることになるのではないかと
 ふと思った。

 娘も英語を何もわからないうちにやり始めたから、いつのまにか
 身に付いたが、もし中学まで何もせずにきたとしたら、たぶん
 娘の性格から考えて、なんで日本で英語をやらないといけないの
 なんでこんなわけわからん文法用語出て来るの?となっていたと
 思う。これは本当に偶然だったけれど、種まきしておいてよかっ
 たと思う。

 要するにお稽古事というのは、ある程度親が才能を発掘するため
 の種まき行動のようなもので、子供がそれを楽しいと感じるよう
 にいかに持っていくかが最重要なのだ。

 ここを上手くできる親に育てられると、子供は気付かぬうちに
 自分が選択してその道を選んだと思うようになる。

 そうなるとしめたもので、私のように、やりたかったのにやらせ
 てもらえなかったという消化不良状態よりは、遙かにその方が
 子供にはいい気がするのだ。

 ただ、うちの娘はその辺も敏感で、結局親がそういう方向へと
 進まざるを得ないように仕向けたということを見抜く力を持って
 いるので、やっかいなのだ。

 でも、物は考えようで、色々やって自分が忙しくしている中で
 娘は、考える力を持てるように育ったので、色々やってきたこと
 自体は無駄ではなかったのだという結論に至っている。

 物になるもの以外はしない。これでは寂しい。
 そういうことを前提に考えると、私の母のようになってしまう。
 ピアニストになるとか、芸術家になるなんていう不確かなものに
 投資できなかった母を責めることはできないけれど、自分が決め
 たと思えない選択は、いつまでも心のしこりになってしまうこと
 も確かだ。

 そういうわけで、どんなに無駄に思えても、それが人生を豊かに
 してくれることは間違いなく、お稽古事はよほどの事情がない限
 り、本人が止めると言うまでは、続けていく方がいいと思うのだ。

 娘は現在、お稽古事は何もしていないが、高校になってから、
 やはり本来の一番好きな絵の勉強をさせたいとは思う。
 それも古典的な油絵とかではなく、デジタル絵を描きたいという
 ことなので、本格的にソフトを使って、今までも我流でやってき
 てはいたが、もっときちんとやってみてもいいかなと考えている。

 それをしている時が一番娘らしくて、活き活きとしているから
 新しい種をもう一度まいてみようかと思う。




 中高一貫なのに、高校で再び
 入学金がいるのと、制服一式買い直しと
 なるのが、勿体ないなと思って仕方無い
 貧乏性のまめっちママに愛の応援よろしく
 お願いします
  ↓ ↓ ↓
 ブログ村 子供の教育

 
 
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* Category : 教育ここが知りたい
* Comment : (6) * Trackback : (0) |

初めまして * by chiii-3
いつも楽しく読ませていただいてますが、コメントは初めてです。

今回の記事もとても参考になりました。
私がモヤモヤ考えていたことにしっかりと答えをいただいたような気がしてすごくすっきりしました。

たくさんの習い事をさせるのは親のエゴだよなぁと思っていたし、子供がやりたいと言ったことはやらせようと思ってきましたが、なかなかこれといって「やりたい!」と言うようなこともなく…
でも種まきと考えて習い事をさせてみて、そこから選択させる。
そうすることで色んな道への可能性が生まれますよね。
今は娘がそろばんをやりたいと言っているのですが、近くの教室はなかなか空きができず。娘はもう忘れてしまっているかもしれません…
経済的にも時間的にもたくさんの習い事はさせてあげられないのですが、「やりたい!」と言わずとも興味があるものはやらせてあげたいなぁと思いました。
ありがとうござました。

chiii-3様へ * by まめっちママ
コメントありがとうございます。
最近こちらのブログをサボり気味でしたが、メインブログ
なので、頑張ってまた更新しようと思います。
習い事は、多すぎても子供に負担がかかるのはよくないで
すが、種まきをして初めて芽も出るというものなので、何
もしないことがいいとは限らないんですよね。その選択を
親がしてしまうのではなく、子供が選んだ気になるように
持って行くのが親の腕のみせどころなのかなと・・・
選択肢が少なすぎると、子供の世界が狭くなってしまうの
で、ある程度種まきするのは大事だなと思うのです。
そろばんはとてもいいと思いますよ。次回の記事でそろばん
の本当の意味について書きますね。
やりたいという気持ちが、何事も伸びる原動力です。

* by masyaまま
こんにちは。連投すいません。

>子供がやりたいと言ったらさせるけど、言わないのなら、何もしない。

私の周囲にもそういう方は大勢います。
しかしながら、

「陳列棚にどんな商品が並んでいるか」すら知らなければ、欲しがる事もないだろう。

という感想をもったことがあります。

世の中にはどのような世界が、選択肢があるのかを知らせてあげるのも親の役目ではないかと感じています。

masyaまま様へ * by まめっちママ
何があるのかを知らないままでいるから、やりたがらない
だけというのは正解ですね。親が最初から選択肢を与えて
いないわけですから、子供は何も知らないまま、そのうち
友達はなんかこんなのやってるらしいということを聞いて
きて、時にはそれをやりたいということもありますが、
自分から待っていても何も進みはしません。
それは単なる親の責任放棄だと思います。やはり子供に
世の中には様々なものがあって、職業もそれこそそんな
職業あったの?というようなものがあるので、何がその子
の芽をださせるかわからないですから、やらせてみても
いいのだと思います。それでダメならすぐに引く勇気も
必要ですが、何も最初からしないというのは、私的には
責任放棄かなと思うのです。そういう親だから子供が
考えない子になっていることにも気付かないのですよね。
よく観察していて、色々働きかけている家庭では、子供が
何も考えずに無意味なことをしているかどうかは、わかり
ます。親のしっかりとした観察力と働きかけがあって
初めて子供の無限の才能が伸びるのです。天才は放って
おいてなるものじゃないですしね。

* by 通りすがり
習い事をさせるなとまでは言いませんが
学校の授業なんかで、先生が、わからないところがあれば手をあげて聞きなさいと言ってるのに、だぁれも手を上げない。
で、わかってるんだろうかというとそうでもない。
あとでスマホでしらべりゃいいわとか、タブレットの先生に聞くからとかね。
まあこんな子ばっかりじゃないですが、今はほとんどがこれですね

こんな状態で、何かを習うのはなかなか子供にとってつらいんじゃないですかね

私はボランティアでときどき絵画の指導をしてますが、そのう、絵というのは、自力で疑問点を見つけて質問しないと進めないものなので、今時の子に絵を教えるのはなかなか大変ですよ
こちらが行くまで、白い画用紙を眺めてぼーっとしてますからね。
わからないことが、わからないのと、何をしたらいいのか想像力もない。想像力がないから、たずねる事もできない。そのたずね方がわからない。
とまあ、こんな状態ですよ今時の子はね

通りすがり様へ * by まめっちママ
コメントありがとうございます。
すいませんが、もし今後またこちらにお越し頂けることが
ありましたら、その時はハンドル名をきちんと書いてコメ
ントしていただけたら幸いです。
おけいこ事は、確かに今の子供達は忙しいし、なかなか
させるのも難しいものがあるでしょうね。
無気力な子供になにかをさせるのは、本当に親もしんどい
でしょうし、絵を描くこともできずにぼ〜としている子が
多いというのは、恐らく幼少期にお絵かきなどをやって
いなかったんじゃないでしょうか。自由に描くということ
ができないのは、想像力の欠如ですが、そこに至るまでに
親が種まきしてこなかった可能性もありますよね。
何もせず、感性を研ぎ澄ませることが出来なかった子は
たぶん無気力になるんでしょうね。おけいこごとでなくても
外遊びでたくさん生き物を見たり、花を眺めたり・・・
そういう親子のふれあいが乏しいと、たぶんおけいこ以前の
問題が生じてくるという感じでしょうか。
子供を無気力にさせないために、親のかかわりが最重要
なのはいうまでもないことですね。

コメント







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