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個別記事の管理2013-09-14 (Sat)
 教育ここが知りたい序章

 新企画の一回目として、世間でよく言われている早期教育をした
 からといって、別に大人になったらただの人になっていることが
 結構あるみたいで、だったらしなくていいんじゃない?という
 早期教育推進派には耳の痛い意見について、我が家はどう思って
 いるかについて書いてみようと思う。

 ご存じのように、私は早期教育反対論者だった。
 というか、子供がなかなか生まれず、計画的にこういう子育てを
 したいというビジョンを持っていなかったからで、遅くにできた
 娘が無事に生まれてくることだけを祈っていたので、とても胎教
 だとか早期教育などということは、考えられなかった。

 だから0才から英語の音のシャワーを浴びてとかいうフレーズに
 も心が動くことはなく、そんな暇ないよというのが正直な感想
 だった。

 この頃、実はまだ私は、幼児教育にどんなものがあるのか、全く
 ゼロの状態だった。娘が寝てくれないし、ベビーカーにも乗って
 くれない子だから、外に連れ出して、色々行くなんてことができ
 なかったからで、はっきり言って、情報難民状態だったと言える。

 この間、あるカフェに入って驚いた。
 生後一週間ぐらい?いや、生まれて間もない3日ぐらいしかたっ
 ていなさそうに見える新生児を、ベビーカーに乗せ、若いパパと
 ママが遊びにきていたのだ。

 本当にまだ顔も真っ赤で、どう見ても細菌とかにやられやすい 
 新生児の間は、家にいた方がいいのに、早すぎだろと思う時期
 にお出かけしている。

 町の中は雑菌で一杯で、まだ免疫もちゃんとついていないのに
 本当に大丈夫かと心配になった。

 でも大人しい赤ちゃんで、うちとは大違いで、静かに眠ってい
 たので、こんなに子供って個体差があるのだと、びっくりした。

 ママもきれいにお化粧していて、たぶん運良く育てやすい子だ
 ったんだろうなと、しげしげと見てしまった。
 
 最初の一年ぐらい、私は子供を置いてどこにも出かけられなか
 った。だからバーゲンだとか、そういう自分のための時間はな
 かったので、母親が見かねて「久しぶりに買い物でも行って
 きたら?」と言ってくれたぐらいだ。

 でも、私自身子供のせいで自分の時間が犠牲になったとは思っ
 ておらず、育てにくいなりにも、日々成長してかわいくなって
 いくのを観察して成長記録を取り続けて、それだけで楽しかっ
 たのだ。親の欲や見栄もなく、ただ子供が健やかに育っていく
 姿を眺めていられるのが、一番の幸せだった。

 そういう考えだったので、早期教育で何か成果を出そうとか、
 こういう子にしたいとかは、微塵もなく、気負わず自然体で
 日々の生活を大切に一日一日生きていった。

 これが今思えばよかったのかもしれない。
 賢い子にしたい。0才から英語をやって、英語をしゃべれる子
 にしたい。そういう気持ちが全くなかったため、ストレスとは
 無縁だったと思う。

 ストレスというのは、親が自分の理想としている姿にならない
 から、例えば自分がしたいことを子供の世話があるため、途中
 でできなくなるとか、こういう子供になってほしいと頑張って
 やらせてみたのに、子供が全くやる気無しで、何にも興味を示
 さないとか・・・・とにかく自分の思い通りにならないという
 ことが原因で発生する。

 私みたいに最初からそういう期待をしていないと、上手く何か
 がいくと、ラッキーと思えて、逆にとてもうれしくなるものだ。

 こうでないといけないと思わないことで、ストレスフリーで
 子育てすることができたのだと思う。

 だから早期教育しても結局あんまり大人になってからは、変わ
 らないと言う人は、たぶんこの成果という部分を気にしすぎて
 いるのだと思う。

 あんなにお金をかけて早くから色々させたのに、何もしてない
 子に抜かれて恥ずかしい・・・・どんどん平凡な子になっていく
 のが耐えられない・・・・そうい思いがどこかにあるのではない
 か?そういう成果主義の人は、早期教育に最初から関わるべきで
 はないのだ。

 見返りがないとできないというのは、本物の子育てではないし
 子供への愛情が、優れた能力と成果でしか測れないのなら、そん
 な悲しいことはない。

 結局何も残らなかったになっても、一緒に過ごした大切な時間
 が、子供の心にずっと残っているような幸せな思い出なら、早期
 教育は成功だと思う。

 あの時いつもママと一緒で楽しかったな。大好きだったおけいこ
 を自分の子供にもさせたいなと、娘が思ってくれていれば、それ
 だけで早期教育をかじってみてよかったと思えるのだ。

 早期教育の弊害を訴える人は、たぶんこの一番根本の部分、
 親子のスキンシップと、信頼関係ができていなかったのだろう。
 人より優れていて、自慢できる子。早くに漢字が読めて書けて
 英語をしゃべる子。それだけで、世間がすごいね。と、持ち上げ
 ることで、親が自己満足してしまう。それがない場合、子供のふ
 がいなさばかり目について、つい愚痴になったり、挙げ句の果て
 は、早期教育なんてしたって、結局大人になったら一緒。
 何もよくないし、お金が勿体なかったわ。と、まるでイソップの 
 きつねのように、食べられなかったブドウの実を見て、「あんな
 ブドウまずいにきまってる」と負け惜しみを言っている姿と重な
 る。

 要するに悪いのは親の姿勢であって、早期教育のせいではない。
 早期教育しなくても、放置系でパチンコ三昧のあげく、子供を
 車中に置き去りにして死なせる人もいるし、勉強こそさせなか
 ったけれど、人の動向が気になり続け、顔を見たら、そんなに
 勉強させてどうするの?かわいそうじゃない?とか、子供に
 そんな小さいうちに英語なんてさせて、日本語もしゃべれない
 のに、何やってるの?と悪口を言う。この方がよほど弊害だと
 思う。

 上手に発達の過程に子供がやりたがるものを組み込むことは、
 悪ではない。だから早期教育反対だった私は、自分の画一的な
 早期教育論が間違っていたのだということに気づき、子供と
 家に閉じこもらず、もっと広い世界を見ようとしてから、ぐん
 と子育てが楽になった。

 早期教育したからといって、必ずしも大人までその状態が続く
 わけではない。むしろ成果の先取りをしてしまって、その後の
 歩みが遅くなることで、やらなきゃよかったと後悔する人も多
 い。それをどこまで親が許容できるか・・・・
 そんなことは関係なく子供と過ごす生活の一部に教育があった
 だけで、それはスポーツをしてきた子供がみんなオリンピック
 にでられるわけじゃないことや、甲子園に行けないことと同じ
 だ。毎日遅くまで部活で頑張り、汗を垂らしてもレギュラーに
 もなれない子。プロまでたどりつける子は一握りしかいない。

 そんな子供だったからといって、野球やらせなければよかった
 にはならないだろう。どうせプロなんて無理なんだから、最初
 からしなくていいんだとはならないように、早期教育も同じ
 なのだ。そう思って育ててきたので、娘が特別で居続けなくても
 私はあの幼少期の輝く時間が無駄ではなかったことを知っている。
 今も家族間の風通しのよさと、居心地のよさは他の家庭に負けな
 いと思っている。娘ももう一度生まれ変わっても、またこの家が
 いいと言ってくれている。

 そう言われる子育てができたということが私のささやかな誇りだ。




 やはり予告と違う内容になったが、次は
 具体的にやったおけいこで、よく言われる
 怖いというイメージがあるフラッシュカード
 について・・・・
 どんどん体験談などをコメントでお聞かせ
 頂けたら、なおうれしいと思うまめっちママに
 今後の記事を期待しているよという方は
 応援よろしくお願いします。
 (また脱線したらすいません。最初に誤っておこう・・・)
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