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子供の可能性を最大限に引き出そう


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個別記事の管理2013-05-29 (Wed)
 子供の教育カテゴリーでちょっと話題になっている高学歴の子の
 エリート意識についての記事を拝見して、昔私も同じような場面
 に遭遇したことを思い出した。

 二人の子供達が塾に通っていない子が公園で遊んでいる姿を見て
 あいつらは受験もしない落ちこぼれで、どうせ偏差値30ぐらい
 やろ。まあこういう内容だったのだが、ブログの過去記事でも書
 いたと思うが、要するに中学受験するイコールそこですでに選ば
 れた人間で、それに成功して高偏差値の学校に入学できるような
 自分は特別な存在で、その辺の普通の人とは合わない、あるいは
 つきあいたくない、そういう考えをすでに小学生の頃から持って
 いるということだ。

 もちろんこれは子供自身が持っているというより、親がそういう
 考えだからで、子供も自然とそうなったのだろう。
 
 末恐ろしいことだと思っていたが、私が電車の中で見た子供達が
 話していた会話は、他でも堂々と語られているようなことだった
 のだということで、特殊な一部の人の妄言とも言えないような
 状況にますます世の中どうなっていくのだろうと心配になる。

 そういう学歴エリートが世の中を動かす人になるから、いつまで
 たっても政治がよくならないのだろう。
 まあそれはおいておいて、こういう考え方は何も受験界に限って
 のことではない。

 娘は幼少期にたまたま英語をやることになって、帰国子女的な
 環境を日本で得ることで英語を理解できるようになった。

 でも、それは偶然が重なって幸運にもそうなっただけで、英語が
 話せるからといって、近所の日本語しか話さない子供とは遊ばな
 いにはならない。

 娘が多少なりとも英語ができるということで、英語で遊ぶお友達
 として重宝がられたこともあったが、街中で純日本人な顔をした
 娘達に英語で話す親とそれに英語で返事をする姿は異様だった。
 
 じろじろ見られたり、露骨に何?あの空気の読めない人達みたい
 に思われていたのではないだろうか。

 私は英語を話せないので、いつもだんまりで居心地が悪いこと
 この上ないし、娘も日頃日本語でしか会話したことないので、
 恥ずかしくてだんまりになるし、ストレスになるだけでとても
 楽しく遊ぶという感じではなかった。

 そこに受験のための通塾が重なったので、渡りに船みたいな感じ
 で、早々にお仲間から脱退した。

 もちろん同じ目的意識を持った英語仲間が集ったりして情報交換
 するのは、どんどんやっていいと思う。気が合う仲間同士で英語
 だけではない付き合いが生まれるからで、そういう間柄なら英語
 でたとえ子供達が会話していなくても、十分楽しめるし、時々
 英語モードになって自然と話している姿なら、微笑ましいなと
 思う。でも、英語のテレビしか見せないで育てて、日本語の漫画
 などを見ている幼稚園のお友達の影響を受けるのがいやだとか
 それで英語より日本語の方がいいと子供が言うと困るとか・・・
 こういうことも別の意味で選民意識につながる気がする。

 それともう一つ気になるのは、IQの高さをエリートと勘違いして
 自分こそが特別な選ばれた人だと思ってしまうことだ。

 これも過去記事で書いたが、IQは幼少期に早期教育や先取りをし
 ていると高くでる。その年齢の子ができることと比べてどれだけ
 できるかを見ているので、当然そうなる。
 だからIQは下がることもあるし、だんだん大人になるにつれて
 子供の頃には150ぐらいあったという子でも普通の範囲に近づ
 いてくるものだ。

 どれぐらいの知能かを見る基準にはなっても、それは普遍的な
 事ではないし、まして大人になって仮に高知能だったとしても
 それで?という感じでしかない。
 人として優れていなければ、誰も尊敬などしないし、世の中は 
 自分一人で生きていけるわけではないのだから、様々な人の働き
 があって、その中の一員にすぎないのだということを自覚すべき
 なのだ。

 最後に私がどうしても受け入れられない選民意識がもう一つある。
 それは、本物の高知能だからそれを障害と一緒にしないでほしい
 と口に出して言う人がいるということだ。

 うちは正真正銘の健常者で賢いのだと言うその考え方がどれだけ
 恐ろしいことかわかっていない。
 賢いといっても所詮ちょっと勉強が人より進んでいるにすぎない
 のであって、そんなことで多くの人を感動させたり癒したりする
 事はできないのに、選民意識で鼻高々というのがあまりにも小さ
 すぎて逆に悲しくなる。

 書道家として有名なダウン症の翔子ちゃん、彼女の字を見た時の
 衝撃は忘れられない。魂の叫びのような感じで、見る人の心を動
 かす素晴らしい作品だった。勉強とは違うかもしれないが、まぎ
 れもない天才だろう。天から与えられた才能、天才とは字のごと
 くそういう才能なのだと思う。

 もちろん様々な分野で活躍する人がいるので、それらすべてが素
 晴らしいことで、数学が優れている人や物理で偉大な業績を残し
 ている人なども、みんな天才と呼んでいいと思う。
 でも、それは健常者だから本物で、そうでない人は違うという
 考えにはつがならないもので、健常者扱いされずに発達障害系と
 言われたことにショックを受けるとか、そういう発言の根底には
 根強い差別意識があるのだと思う。

 どんな人も何か役割を持って生まれてきているはずなので、娘に
 はそこを尊重できるような人になってほしいと心から願う。





 いよいよ梅雨入りのようで、自転車に
 乗るのが億劫で仕事を休みたくなる
 ちょっとブルーなまめっちママに
 愛の応援よろしくお願いします
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 ブログ村 子供の教育




 
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* Category : コラム
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* by ☆masyaまま☆
こんには(^^)
ご無沙汰しております。

うちも、少々、幼児教育的なことをしているので、子供がそういった選民的な意識をもったら困りますねぇ。

高学歴でも、職にありつけなければ意味ないし。
職につけても、収入に見合った働きをしていないと恥ずかしいし。エリート企業に勤めていても、思いやりの心がなければ、慕ってくれる人も少ないだろうから、結婚もできないだろうし。

偏差値が高い学校とか一流企業とかはあくまで、わかりやすい目標の一つであって、本当の目的は違いますよね。

masyaまま様へ * by まめっちママ
選民意識は高偏差値校の男子校に通わせている家の
お母さんに多くみられます。
娘の塾時代の友達のお母さんもちょっとそういう傾向が
あり、最近はおつきあいを遠慮したいなと思ってしまい
ました。つまらないエリート意識で、気づいたら誰も寄り
つかなくなっていたなんてこともありそうです。
もちろん上を目指して頑張る姿事態は素晴らしいことなん
ですが、他者への思いやりや共感の心が欠けていると
自分一人の世の中ではないですから、いつかこんなはず
じゃなかったになるかもしれません。
そういう人にしないように心を育てることは大切ですよね。
幼児教育の一番は、やはり心の教育ですね。

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