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子供の可能性を最大限に引き出そう


個別記事の管理2012-09-26 (Wed)
 遠い昔、娘がまだプリスクールに通っていた頃、一年上の子供達
 と混じって遜色なく一緒に何でもこなしていたため、気恥ずかし
 いけれど、「JOは天才だね」と言われていた。

 何をもって天才と言うのかはわからないけれど、同年代の子供よ
 り大人びていて、言動がしっかりしていたし、我が儘を言わずに
 周りの空気もよく読めたので、きっとそこが人からみたら賢い子
 に見えたのかもしれない。

 決して詰め込んでドリルを進めていたからではなく、自然体の
 行動が子供にしては思慮深かったということだと思う。

 事実その頃のIQは159だったし、特別に勉強をさせたことは
 なかったけれど、何でもすぐに覚えてしまって、特に言語能力に
 たけていたので、英語は誰よりも早く読めて書けたので、園から
 は随分大切にされていたようだ。

 とあるママ友と疎遠になったのも、娘が多少なりとも褒められす
 ぎて、いつも「JOばっかり」という不満があったからで、それだ
 けが今でも残念だ。私から見れば、友人の子供の方がはるかに
 優秀で、読み書きも計算もうちより随分進んでいたし、スポーツ
 もできて、足が速いのもうらやましかった。

 そろばんは実際とても上手くて、娘がもたもたと何回も検定に
 落ち続けていた時も、すいすい進んでいたし、隣の芝が青く見え
 ただけなのに、やはり一年下の子に多少なりとも英語に関しては
 負けていたのがいやだったのだろう。

 何でも一番でないと気がすまないタイプだったのかもしれない。

 うちは元々早期教育反対派だったし、子供には机上の勉強を
 早くからさせて将来は東大かどこかに入れてなんていう選択が
 全くなかったので、幼児教育も興味は全然なく、3才になって
 友人から一緒にやろうよと誘われて、じゃあやってみようかな
 と入室したのがきっかけだ。それまでは、公園遊びを重視して
 近隣の友人を何よりも大切に考えていた。

 英語は本当に偶然すぎるぐらい偶然に資料請求して、DWEの
 アドバイザーが家に来て、勢いで買ってしまったという無茶苦茶
 な経緯があるので、これはこのブログでも今まで幾度となく書い
 てきて、すでにみなさんご存じのことと思う。

 そんな家だったので、計画的に賢くなったわけではなく、娘の
 持っていた、たまたま敏感すぎた五感を活かす方面の才能が英語
 という言語だったにすぎない。

 まさに意図せずしてぴったりの物を娘に与えていたというわけで、
 これが他のことだったら、きっと違った結果になっていたと思う。

 恐らく傍からみたら、必死さがなく、親が英語を話せないのに
 子供は奇跡的に英語を自由にあやつる子になっていったので、
 そのあたりが天才と錯覚した原因なのだろう。

 世の中に秀才はたくさんいる。ある程度努力してこつこつ積み上
 げることを小さいうちからやっていれば、それなりにその当時は
 まだみんなが必死になっていない時なので、目立った成果を出す
 ことができるだろう。でも、本当の天才はきっといつから始めて
 も、すいすいとマスターしていき、本人の興味がそこに一致し
 た場合、類い希なる才能を発揮するのだと思う。

 そこには早期教育ではかなわない本物の才能が隠されている。
 遅れてスタートしても、すぐに追いつくので、本人もやる気が
 出るし、ますます努力しようとするので、更に光っていくという
 これこそ理想的な循環ではないか!
 
 天才といえば、実は右脳が発達しているというイメージが私の中
 にある。芸術にしろスポーツにしろ勉強にしろ才能の部分があっ
 た上に努力があり、根性論で頑張るというのではなく、スマート
 に何でもこなしていくことができる選ばれた人。そんな人はごく
 希だけれど、だからこそ天才と言われるのだと勝手に私は定義
 している。

 そう言えば、この間、右脳の働きの実験として、絵心がある人と
 ない人を比べていたテレビを見た。絵が今まで下手で上手になり
 たいと思う人ばかりを集めて、見たままの風景を描いてもらうと
 いうものだが、面白いことに、絵が下手な人は、見たままを描け
 ず、すべてシンボル化して描いてしまうことがわかった。

 つまり太陽ならいつでも丸を描いて周りに放射状に線を入れる
 みたいに、誰が見てもそれとわかるシンボルにしてしまって、
 模写がまるでできていないのだ。
 曇っていて、太陽が半分隠れているのに、いつも子供が描くよう
 な太陽が燦々と空に描いてあったり、雲も薄く流れているような
 感じなのに、絵心のない人の絵には、よく見かけるもくもくした
 雲のマークが描かれている。

 要するに自分の中で勝手に自己流で変えられてしまって、ありの
 ままを表現する能力が劣っているということのようだ。
 この時、人間は左脳が働いており、絵心のある人の場合は右脳が
 働いているらしい。

 なるほど、右脳開発とはよくいったものだ。イメージ脳を鍛える
 のは難しいので、そういう能力こそ幼い頃にやっておかないと
 大人になってからでは、自分の中で勝手に変換してしまう常識
 というものが優先し、左脳が優位に働くことになるのか・・・・

 私が娘にしてやりたかったことは、この部分の開発だった。
 五感が敏感な娘は、時々見えない光を感じることがあるし、聴覚
 がかなり発達しているので、様々な音を同時に聞き分けることが
 できる。味覚もかなり敏感で、何が入っているかを当てるぐらい
 味にはうるさい。臭いにも敏感で遠く離れたかすかな臭いも感じ
 たりすることがあるので、そういう漠然とした何に役立つのかす
 ら不明なものではあるけれど、それらの感性を大事にしてきた。

 今思えば、そういうところが人より少し秀でていたから、当時の
 友人達は娘を天才と呼んだのかもしれない。

 実際ものすごく役立っていることは何もないし、それで何?って
 いう感じなので、今はただの人にすぎないけれど、少なくとも
 思い立ったらすぐにあるレベルまでできてしまうという部分だけ
 を見れば、天才の片鱗がもしかしたらあるのかもしれない。
 (希望的観測なのが切ない・・・・

 これは決して自慢とかではなく、娘はどう見ても秀才タイプでは
 ない。どっちかに人間を分類せよとなったら、秀才型ではなく
 天才型の方へ入るだろうということであって、それがすなわち
 娘は天才だということにはならない。それに世の中で生きていく
 には、秀才型の方が圧倒的に生きやすいから、こんな中途半端
 な状態ではこの先大変だろうなとかえって心配になる。
 本物の天才でもなく秀才でもない。
 悲しいかな。今の娘はそういう状況なのだ。

 ただ、今後娘が進んで行く道を考えた場合、こういう感性を活か
 せる方向へ行く方がたぶん幾分ましな人生になるんじゃないかと
 は思う。もちろん勉強もやっていくし、英語も続けていくだろう
 けれど、きっと何かとんでもない方向へ進んで、また想定外な
 人生になったと言っている気がする。

 それもまあ面白いかもしれないが・・・・
 とりあえずは、今目の前の一つ一つの問題をクリアーしていき、
 その結果何が残るのかを見極めていきたいと思う。

 


 
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* Category : その他
* Comment : (2) * Trackback : (0) |

* by マリー
息子の事もあり、
人間の脳機能って不思議だなと日常で感じます。

小さな頃は右脳を使いイメージから系統だてるのに、
教育を受け始めると左脳を使い文字を用いた学習へ系統。
そうなると、左脳を使う事が多くなる。

幼少期に望まれるのは、
五感を使い感性や心の表現法を身につける事、
体をたくさん動かして基礎体力をつける事。
学習に入る前段階として、
最初から文字からの学習スタイルでなく、
脳機能を鍛える事から始めたい・・・
と最近考えるようになりました。

すでに幼児期を過ぎてしまいましたが、
やらないよりも働きかけた方が良いと色々試しています。
ぴったりとハマるものをタイミングよく
与えるのって難しいですね(^_^;)

マリー様へ * by まめっちママ
右脳開発は私がもっとも力を入れた部分なんですが
実際右脳を開くのはなかなか難しいようです。
ただ、模写をする時にまたの下からのぞいて描くと
絵心のない人でも割とちゃんと見た通りの絵を描ける
ようで、それはさかさまに見ているから、シンボル化できず
なんとか見た通り再生しようとするからみたいです。
そういう方法もあるんだと感心しました。
鍛え方っていくらでもあるものですね。
働きかけるって大事だと思います。遅いというこなどは
ないのだと思います。思い立った時が始めどきです。


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