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個別記事の管理2012-06-12 (Tue)
 引っ張ってすいません。さて、フランス語もやっている公文の
 数少ない教室が、駅2つぐらいのところにあることを知った私は
 さっそく見学に行った。

 先生はごく普通の中年のおばさんで、教室の雰囲気は一昔前の
 そろばん塾みたいな感じで、机とイスが並んでいた。

 ここの公文に来た理由を話し、もう少し詳しい話が聞けるのかと
 思ったが、教材は扱っているものの、フランス語に関してはずぶ
 の素人で、自力で教材をこなして提出しても、何の説明もきっと
 受けられないだろうなというぐらいの軽いあしらいだった。

 それより「英語どうですか?ちょっとこのプリントやってみて」
 と出されたものは、初期のアルファベットからスタートするもの
 だった。ここで私が前回書いた片仮名のフリガナつきの問題を見
 たのだ。耳からの音を十分聞いてきた娘には、単なる記号ぐらい
 にしか思わないだろうから、それほど影響ができる訳ではないと
 思うし、最初は仕方ない部分もあるかなということで、そのこと
 自体は問題には思わなかった。
 
 ところが、まだ説明を十分聞いていないし、入会するとも何とも
 言っていないのに、その先生は次々と娘にプリントを出してきて
 やらせ始めた。もちろんレベルチェックのつもりで、どこから
 スタートしたらいいのかを見極めるためだということは理解して
 いるが、こちらの意向などは無視した状態で、とにかく色々科目
 を勧めてくる。

 そして極めつけは、娘がかなり勉強が進んでいるのを見て、
 3学年上のレベルにすぐに到達しそうだから、今からすぐに
 スタートして5枚ぐらいのペースで進めば、次のいついつの
 表彰に間に合うかもしれないと、猛烈に入会を勧めてきたのだ。

 私は公文のシステムのことをよくは知らなかったが、3年以上先
 のレベルに到達したら表彰されるらしく、それが励みで頑張って
 いる子がたくさんいることを聞かされ、娘をなんとしても教室に
 入れたがっている様子。

 教室の名誉になるから?そういう子が在籍していると見栄えが
 いいから?そんな疑問が湧いてきた。

 その先生の言うことがそればかりで、先に進むことだけが目的
 と化しているのを見た私は、一気に入会する気力が失せた。

 とにかく進んで、小学生なのに高校の範囲に到達しましたとか、
 そういうことを競いたくて公文をやりたい訳ではない。

 英語が高校レベルに到達してしまった娘を見ているからこそ
 余計にそう思った。実際確かに英語を読む力と話す力はそこら
 へんの高校生よりできるかもしれない。でも、年齢相応の成長
 しか人間はしないもので、いくら頭がよくて大学生に飛び級し
 ても、精神年齢面は大人と同じではない。

 アメリカの大学に9才で入学した天才君でも、悩みはそこだと
 以前テレビでやっていたのを見たことがある。

 つまり年齢の壁というのは、どうやっても越えられないので
 小学生に極論を言えば大人の世界の恋愛が話せるのか・・・・
 9才の天才君に男女の機微がわかるとは思えない。そういう
 大学生ぐらいになると性の話も出てくる中、友人関係をその
 年齢層の人と築くのは、あまりにも酷な話ではないか。

 娘も英語だけなら高校卒業レベルということになるが、実際
 本当に社会の何がわかっているのかというと、全く子供で
 教えないといけないことが山ほどあるにもかかわらず、なぜか
 英検などに合格したがため、ペーパー上では一丁前の級を
 持っていることになるのだから怖い。

 うちでは、進みさえすればいいとか、年齢が小さいほど格好いい
 とは全く思っておらず、そこが一番私の中で大事な基準になって
 いたのに、その根幹の部分で相容れないとなると、いくら他がよ
 くてもそこではやっていけないと決断せざるをえなかった。

 たまたまその教室がそうだっただけかもしれない。
 
 進むことが悪いとは思わない。でもそれだけを競う姿勢に違和感
 を感じてしまったことは事実で、とりあえず一旦帰宅して考える
 ことにしますと言ってその教室を出た。

 その後、多言語をする機会もなくなり、公文もうやむやになって
 しまい、気づいた時には中学受験塾に行かないといけない年齢に
 なっていた。

 でも、今でも英語のプリントはやってみたいという気がある。
 通塾は無理でも通信でやることもできるので、そうしようかと
 思うこともあるのだが、娘がプリントを何枚もやる学習を頑な
 に拒否しているので、それもできないまま今日に至っている。

 娘の気持ちもわかる。ただ枚数をこなすために必死になるのは
 自分の中で英語とは言えないのだろう。それでなくても学校で
 出される宿題が多いし、妥協案でZ 会の添削もスタートしたの
 で、それを丁寧にやり込むことで今は十分だろうと判断した。

 今しかできないことをしないで大人になって後悔するよりは
 多少はがゆくても、好きなことを納得するまでやらせる方が
 きっと将来自分の力で立ち上がる人になるんじゃないかと思う。

 もう少しこつこつ何かをやったらどうかと思う親の希望とぶつ
 かることも多いが、結局娘本人の人生で、親とは所詮違うのだ。

 凡人を極めると以前書いたが、一部のそれこそ一番上の人だけ
 がスポットライトを浴びる中、そうでないほとんどの人が何の
 意味もない存在なのではなく、その人達がいたからこそ、支え
 る周りの多くの人の力があったからこそ、世の中は回るのだと
 いうことを知ってほしいからだ。

 娘には傲慢な人間になってほしくない。
 だからうちでは娘もやりたがらないのに、教室の見栄や親の
 自慢のために進めるのはやめにした。
 
 表彰されることは素晴らしいし、それが励みになって頑張れると
 いう気持ちも決して間違いではない。
 好きで好きで仕方無く、気付いたら数学を極めていましたという
 ような到達の仕方ができたら、それこそ理想的だなと思う。

 でも中には、とにかく進んだけれどあまり実際は応用できていな
 くて、なんか進んだだけで覚えていないなどという人もいるよう
 で、こういう声が公文に対する反対意見の代表のように取り上げ
 られるのだろう。

 こんなわけで、うちではいいチャンスを逃してしまって、忙しさ
 の中で公文をやる機会には恵まれなかった。
 
 これも縁の問題というか、うちでは英語が偶然の重なりで上手く
 進んできたので、どうも最初に躓くことで私がひっかかってし
 まったというのが正しいだろうか・・・・

 そんなつまらない理由でと思われたかもしれないが、上手く
 物事が回る時は、本当にすっと予期していないことが起きるの
 も事実だ。全くその気がなくても入会してしまうことだって
 ある。反対に綿密に計画していたのに、どうしてもそうできな
 い時もある。だから私は時の巡り合わせや運のようなものを
 割と信じている。

 非科学的なことを言っているのも承知だが、人間は何でも
 物理的に物事を切ってすてることができる生き物ではない。
 少なくとも私はそうで、これからもチャンスが訪れた時は
 つかみに行くし、そうでない時は時が巡るまで辛抱強く待つ
 だろうなと思う。

 長い文章ここまで読んでいただいてありがとうございます。
 次は娘のIQ 診断について少し書いて、早期教育の本質は何
 かについて考えてみようと思う。
 
 


 一旦シリーズで書き始めると
 調子にのっていくらでも長文になる
 悪い癖が出るまめっちママに、
 しょうがないな、それでも読んでやるよと
 いう優しい方は応援よろしくお願いします
  ↓ ↓ ↓
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