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子供の可能性を最大限に引き出そう


個別記事の管理2012-06-06 (Wed)
 今更こういう話もどうかと思うのだが、中学生になった娘を見て
 幼少期に一応早期教育?と名のつくことをそれなりにやってきた
 親として、本当に賢い子供とは一体どんな子に育てることなのか
 をもう一度考えてみようと思った。

 というのは、思春期に突入した娘が歩いていくのは、もう自分の
 足でしかないわけで、親がここからは、張り付いて色々やらせる
 時期ではなくなってしまったからだ。いざ手を放してみた時、ど
 うしていいのかわからないような子供に育ったとしたら、それは
 いくら賢い天才だと言っても、本当の意味の賢いとは到底言えな
 いのではないか?

 世間にはたくさん子供の数だけ育児の方法も結果もあるので、
 我が家だけの事例でしかここでは語れないけれど、英語の早期
 教育をしてきて途中の方向は違っていても、成長してくると
 どんどん同じ英語育児仲間の進む道が似てくるのをたくさん
 見てきた。

 人と違うことをしてきたと思っても、人間の成長というのは
 多少の差はあれ、大きく反社会的になりさえしなければ、案外
 最終的には似た感じになるということもわかってきた。
 もちろん学歴や収入などのことを言っているのではない。
 そういうことで差が出るのは、運や環境も絡んでくるので、
 早期教育のおかげでそうなりましたと言い切れるだけの材料
 も根拠も私は持っていない。

 では、早期教育なんて無意味だったのかというと、そうではない。
 私の考える早期教育とは、幼少期に周りより賢いいわゆる先取り
 ができてちょっと人より算数が進んでいるなどというものではな
 く、もっと生きる力のようなものを早くから身につけることと考
 えている。
 
 子供は実際誰でも親がある程度働きかければ、目覚ましい伸び
 方をするもので、段々自我の芽生えとともに本来の姿に近づき、
 平凡になっていくパターンが圧倒的に多いのも事実だ。

 もちろん中には特異な才能を発揮して社会的に大きな何かを
 残す人になったりする場合もあるが、それらの多くが早期教育
 で親が作りましたという場合ではないことの方が多い。

 では一体何がそうさせたのか・・・・
 結局は本人の資質によるのか、それとも違う何かがあったのか?
 
 早期教育で学習の先取りを何年もさせなかった親でも、それが何
 もしてこなかったという短絡的な見方で片付けていい訳はない。
 もっと別の働きかけをしている場合もきっとあったと思う。

 例えば、必死で働く親の姿を見ていて、自分も家族のために
 頑張る人になりたい、親のようになりたいと思う子がいたとした
 ら、それは十分立派な教育をしてきたことになる。
 あるいは、小さい頃にたくさん遊んで親だからこそ教えてやれる
 昔ながらの遊びや経験に基づく知恵なども子供が受け継いだとし
 たら、それはとても素晴らし財産ではないのか?

 明治生まれの祖母は学歴などなかったかもしれないが、たくさん
 の遊び方を教えてくれた。お手玉、あやとり、おはじき・・・
 そういうものが案外指先を鍛えて脳の活性化につながるのだと
 いうことも、最近の脳科学ではわかってきた。
 特別な先取り教育でなくても、子供が賢くなる方法はくらでも
 ある。私も娘にはあやとりをたくさん教えた。昔話もたくさん
 聞かせて、一人になった時の危機管理もしっかり教えてきた。

 迷子になっても、娘はどうすればいいかを年齢以上に理解して
 いたと思う。今何をすればこの状況を切り抜けることができる
 のかを思いつくことができるぐらいには育ったと思う。

 こういうのは賢いとは言わないのかもしれない。
 でも、私は超難関大学に行くことを目的とすることより
 ピンチになった時や、スランプになった時に切り抜けていける
 力の方こそが大切なものだと思っている。

 もちろんそういう教育の結果、本人が自覚して勉強面も頑張り
 難関大学に合格しましたとなれば、もっといい。

 でもそれはあくまでも付属のおまけのようなもの。
 
 本当の賢い子が意外とガリ勉ではないことは世間でもよく知られ
 ている。共通しているのは、考え方が平凡ではなく、一般の人
 ならこう考えるだろうなと思うことを、逆に楽しいと感じること
 ができる人であることが多い。

 小さい頃に、学業面でどちらかと言えばぱっとしなかった子供が
 後に天才と呼ばれるようになった例は、この世にたくさんある。
 でも、伝記などを読んでみると、個性的でちょっと違っていた
 ユニーク系が多いように思う。

 親達も総じて特別な勉強は何もさせていないようで、あるとしたら
 その個性的な生き方や性格を矯正しようとか、親の型にはめようと
 せず、すべて丸ごと愛することができたという点だろうか。
 それができる親は意外と少ないものだ。

 育児放棄と子供の人格や生き方を丸ごと受け止めるとは違う。
 本当に何の見本にもならない生き方をしてネグレクトしている
 親は最初から論外で、普通に真面目に子供の幸せを考えている
 親なら、どんな方向性であっても、それはみな素晴らしいのだと
 私は思う。だから自分と全く違った価値観を持った人の話でも
 傾聴する価値があるし、そこからああそういう考え方もあるんだ
 と学ぶことも多く、それが私がずっと言い続けているバランス
 感覚ということにもつながる。

 自分と同類の人が多く集まると、自分達の価値観こそが正しい
 と錯覚してしまう。そうならないために日々親も修行中なのだ。

 
 
 


 毎度ふざけてきっちりしていない娘でも
 根本の真面目さと誠実さは、誰よりも
 あることを誇りに思うまめっちママに
 応援よろしくお願いします 
 あっ前回借りてきたDVDは何かみなさん
 わかりましたか?
 (まだじらすんかい!怒りマックスという方
  すいません。どなたかコメントで答ください) 

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* Category : コラム
* Comment : (3) * Trackback : (0) |

* by マリー
「その個性的な生き方や性格を矯正しようとか、
親の型にはめようとせず、すべて丸ごと愛すること
ができたという点だろうか。」

私も同じ気持ちです。
ヘンリー幸田さんが書いた「天才エジソンの秘密」
を思い出しました。

子供を全て丸ごと愛するって
とても難しいと日々感じている私です(T_T)
ホント修行みたい(^_^;)

マリー様へ * by まめっちママ
そうなんですよ。子供の強烈な個性を丸ごと愛せるという
のは、かなり忍耐もいるし修行みたいな感じです。
でも、型にはめない方が伸びるのも事実ですね。
勉強しなさいと言われたことがないという子供の中に
大人になって特別な才能を発揮する人が意外と多いのも
うなづけます。
うちはなかなかその境地に到達できませんが、丸ごと
愛するという気持ちはあります。
親も日々勉強なんですよね。

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