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子供の可能性を最大限に引き出そう


個別記事の管理2011-05-21 (Sat)
 私達の時代は、中学英語と言えば本当に最初ABCから始まって
 大文字小文字の練習をしばらく続け、それからあの有名なあり
 得ないシチュエーションの「This is a pen.」

 これが出てくるのが定番だった。当時はそれほど疑問にも思わず 
 英語とはこういう作りになってるんだと素直に勉強しようと思え
 たものだけれど、それが今はまず会話(挨拶から)始まり、どん
 どん進んでいく形式になっている。それはコミュニケーション
 重視でいいのだが、文法無視でどんどん進むから落ちこぼれが
 出にくいと言われると、本当にそうか?と思ってしまった。

 確かに軽くゲーム感覚で実用的な会話を学べるけれど、文の構造
 を無視し、ある程度は使える英語を学ぶことはできても、応用
 する力が養われない気がして仕方ない。
 単語を入れ替えてもっと幅のある難しいことを意思疎通できる
 ようにはならないんじゃないかと思った。

 軽い旅行会話程度はできるかもしれないが、実際そういうシーン
 だって日常には「これはペンです」と同じぐらいそうそう出てく
 るものではない。

 中学1年生で随分難しい手紙文みたいなものが出てくるのだが、
 それだって文法をきちんとやらなかったら、手紙だって書けはし
 ないだろうに・・・

 なんか方向性がやはり間違っている気がする。
 
 車輪の片側しか機能しない英語教育・・・・どうして極端に針が
 振れるのだろう。どちらも天秤のようにバランスをとってやる
 ことは可能なはずなのに・・・・やはり外国人の優秀な先生が少
 なすぎるのだろう。教科書が劇的に変わったのはいい。昔ながら
 のThis is a pen.に今更戻る必要もないと思う。
 でも、外国語は基礎も大切。話せたらいいだけなら途上国の
 ストリートチルドレンでも生活のためなら必要最低限の英語を
 話すのだから。

 今の速度で何となく楽しい会話調の英語を続けても、それでは
 街の中の英会話スクールと変わらない。そこに何年通っても
 話せないという大人達がごまんといるのを見ると、学校で基礎
 をすかっと抜かしてしまったら、もっとレベル低下が起きるかも
 しれない。日本人総レベル沈下で本当にいいのだろうか・・・

 単なる杞憂であればいいけれど、日常に使う機会がない日本では
 会話だけを頑張って定型文を丸覚えしても、そういうシーンに
 遭遇することもないまま、更に今までなら勉強である程度読めて
 いた英文も読めなくなってダブルパンチになりはしないか・・・・

 それは英語教育の推進というより衰退になる?かもしれない。
 そこまで大げさではないにしても、家庭での取り組みがより必要
 になるだろう。何にしても何かを極めるためには、楽してなどと
 いうことはないし、ある程度のレベルまで行けば、そこからは
 とてつもなく努力が必要なことも確かで、その根っこになる部分
 の文法教育はやはり疎かにしてはいけないと思う。

 軽いだけで終わらず、きちんと基礎を押さえてその上で実用的な
 英語を学べたら・・・・そんな理想はいつになったら実現するの
 だろうか・・・・



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* Category : コラム
* Comment : (6) * Trackback : (0) |

はじめまして * by poly
文法に関しては、私もそう思います。
やはりある程度以上の英語を話せるようになりたければ、文法をきちんと学ぶことは避けられないと。

話せているようで、実はめちゃくちゃ、という人も、会話重視の留学生などには多いらしいので。。

* by ごま
こんにちは。
う~ん、、、どうなんでしょうね。
私は学校でしっかり文法を習ったから今があると思うんです。
あの基礎がなかったら小論や論文の提出なんて絶対無理でした。
ただ英語で小論を書く必要とかがない場合は、「なんでこんな文法?」と思う気持ちはわかります。会話中心にしてほしいですよね、やっぱり。
でも他国語の文法に触れることによって得られる柔軟な思考、読解力、多文化への興味、理解なども捨てられないのでう~ん難しい。

まぁ、人によって求める英語力が異なるので学校側もすべてに答えることはできないですよね。
どの変で折り合いをつけるのか、これからの教育方針楽しみですね。


poly様へ * by まめっちママ
コメントありがとうございます。
会話が流暢そうに見えて文法無茶苦茶の人
確かにいますね。もちろん文法で詰まって話せない
とか、恥ずかしがって無口になるのは、よくない
ですが、基本ができていないから話せないのだと
いうことは聞いたことがあります。毎日生活のため
に使っていれば、ブロークンでも話すようにはなる
のでしょうけれど、日本では毎日使う機会なんて
ないですしね。そうなると勉強の部分が絶対に必要
になると思います。
上手くそのあたりがバランスよく伸びればいいの
ですが・・・・英語教育なかなか皆が満足という
わけにはいかなさそうです。

ごま様へ * by まめっちママ
実際にアメリカで暮らしてお仕事されている
ごまさんが言うと説得力あります。
皆が高度な英語力を求めていないから、文法を
あまり重視しない勉強法があってもいいのかもしれ
ませんね。でも、公立小学校ではそれしか選択肢
がないんですよね。もっとやりたければ自分でやる
か、私立に行けということなのか・・・・
公教育で皆が英語のレベルアップを果たすことが
できれば理想ですよね。
上手に折り合いをつける・・・これが難しいん
ですよね。習熟度別がそういう時はいいのかも
しれません。でも、それが日本ではなかなかでき
ない・・・う~ん。本当にこれでいいのかと
やはり考えてしまいます。

普通 * by リンゴ好き
習熟度別にやる以外ないんじゃないですかね~?英語に限らず。
ま、そもそも、私立と公立の違いだって習熟度別とも言えるんじゃないでしょうか。本気で習熟度別を許さないとすれば、私立の学校の存在自体許さないということになりますよね...

語学に限らず、多言語国家であるスイスやオランダでは習熟度別クラスは、普通(普遍的に通じるという意味で)のことです。[ま、少なくとも大学に行くという志を持っている学生は「挨拶や会話で楽しく英語!!」なんてところからは、早く開放してあげるべきですよね]

この先日本も多くの外国人を受け入れ、国内だけではやっていけない企業は海外で事業を移し、「外国人」を経営陣から従業員まで多く採用するのが「普通」になるでしょう。
将来がある企業で活躍したいなら、求められる能力の違いを理解しないといけないし、文化的、宗教的にいろんな背景持った人たちがいる世界では、人は違って当たり前ですし、日本人の「常識」は通用しないのかもしれません。

そういう世界を見据えた場合、日本にまず必要なのは、英語以前に、習熟度別をはじめ、多様性を受け入れる「普通」の姿勢なんじゃないかと思います。

リンゴ好き様へ * by まめっちママ
習熟度別、この世界では当たり前のことが日本では
当たり前じゃないんですよ。特に公教育では絶対に
だめですね。私立は元々選別してますから、仕方
ない面もありますが、個人情報だとか何だとか
言って、最近は私立でもあまり露骨に順位を発表したり
しないところもあるようです。
飛び級も日本ではほとんどありませんから、英語教育も
皆が同じことをレベルに関係なくやる、高度な英語が
必要な人も、全く必要に感じていない人もみな同じカリ
キュラムです。

求めているものが違っても、選択の幅はほとんど
ないのが現状です。だから自分でやっていくしか
ないし、海外に飛び出す優秀な人がこれから増えて
行くでしょうね。
多様性は、日本に一番欠けている点ですね。
少し人と違った強烈な個性を持っていると、足を
引っ張られる世界がいまだに健在です。
娘も結構変わっているので、生きづらいところが
あるようですが、今は学校で同類?をたくさん
見つけたようで楽しくやってます。(笑)


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