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子供の可能性を最大限に引き出そう


個別記事の管理2010-08-27 (Fri)
 私は元々、早期教育は反対の立場だった。
 娘が生まれてからも、その手の類の育児本は読まなかったし、育
 てるのに必死で教材を買うとか、英才教育の取り組みを0歳から
 始めるなどということは考えもしなかったことは、もうこのブロ
 グで何度も書いている。
 でも、やりもしないでその世界の事を語れるはずがないので、実際
 実践してみて、更に成果も出した上でそれでも、全面的に賛成とい
 う訳ではないという結論に傾いている。

 人は誰でも自分が決めたことは、肯定してもらいたいものだが、
 苦言を呈す人には耳を閉ざしたくたくなるもので、色々理由をつ
 けて、自分の出したやり方が最良だと思いたいものなので、迷っ
 ているふりはしても、軌道修正を実際に出来る人は少ないように
 思う。
 
 もちろん今上手くいっているのだから、直す必要なんかないと
 思うのは当然で、楽しく取り組んでいることに水をさす必要性は 
 どこにもないと思う。

 私も娘が小さい時は、これでいいのだと回りが見えないほど
 のめりこんだ時期もあった。でも、それは子供が成長する速度が
 一番早い時期にたまたま英語をやったから、それが最良の道だと
 思っただけということに気付かなかったに過ぎない。

 他にも色々なことに手をだしてはいたが、メインは英語だったの
 で、それを中心に物事を考えて予定を組んでいたので、結果的に
 本当にやりたかったことを逃したような気もする。

 だからといって、後悔は少しもしていないが、立ち止まらずに行け
 行けだけで来た結果、実は5歳のころに大変な失敗をしてしまった。

 そのことは今までずっと封印してきた。ここには書けないことで
 私の最大の過ちだったと今でも思う。

 詳しいことを書くと迷惑がかかる人もいるので、特定できるよう
 な情報は載せられないが、今もたまにああ私と同じ間違いをしない
 でほしいと思う記事に遭遇することがある。
 
 子供の英語のためという大義名分で、良かれと思ってやったこと
 でも、だめだと決定的に思った時には、身を引く覚悟がいる。

 娘はあるプリスクールに通っていたが、途中で一度そこをやめて
 いる。それには深い訳があって、そこまでは書けないが、転園した
 園をわずか半年でやめて元の園に舞い戻った。

 この半年の無駄は今でも後悔しているが、いい経験にはなった。
 夢のような未来を期待して、娘を当時はインターナショナルに入れ
 ようと思っていたからで、それは英語を話せるようになりたいから
 ではなく、娘があまりにも日本的な物からかけ離れ、個性的だった
 からで、この子のためには日本の教育より海外の教育が一番いい
 のだと思いこんだ私は、日本の学校を正直捨てるつもりで、転園
 した。

 でも、それは間違いだった。決してなじめなかった訳ではなく、
 むしろ娘は喜んで通っていた。ものすごく長距離を毎日7時半に
 家を出て、連れていったぐらいなので、相当な覚悟と根性があった
 のは間違いない。よくそこまでやれたなと今でもその部分は自分を
 ほめたくなる。

 ただ、決定的に私と園の考えは違いすぎた。
 最初から違和感はあったのだが、教育の内容に惹かれ、これから
 どんどんよくなる可能性を秘めていると感じたので、評判が多少
 良くなくても、自分たちで良くしていこうという気持ちを持って
 それは一生懸命頑張った。

 でもそれが幻想だったとわかって、どうにもそこにはいられなく
 なった。お金なんてどうでもよかった。ただ間違いだったと思い
 早くここをやめなくてはいけないと感じた。

 直感というか私の本能が警報を鳴らしていた。ここにいれば
 いつか道を誤る・・・・

 そういう経験をしたからこそ、幼児期にやれることの限界と
 親が回りを見えなくなってやりすぎに傾いているのを見ると、
 どうしてもブレーキをかけたくなる。

 子供は無限の可能性を持っていると言うけれど、決してそんな
 夢のようなことばかりではない。

 英語育児の世界は正直狭い。考えが極端に偏っていて、随分回り
 と違うことに気づかずに来てしまう世界なのも事実だ。もちろん
 回りに合わす必要もないし、それこそ日本人の島国根性だと言う
 かもしれないが、そうではなく冷静に見てほしい。

 同じような人しかいないから、それが当たり前に思えておかしさ
 に気づかないこともあるし、どう見てもそれは行き過ぎだという
 ことも成果が出ればすべて肯定されてしまうのも怖い。

 うちは成果は確かに出したが、日本国内で日本人の英語が母国語
 ではない人がやっている英語育児と海外組とでは全然スタンスが
 違う。国内組は環境が日本という英語に恵まれない国だから異常に
 熱心な人が多く、海外組はたまたま赴任してそうなったという
 のがほとんどなので、現地で身に付いたサバイバル英語を帰国
 してから維持する術はあまり知らず、幼い頃の英語は忘れてしまう
 から、英語育児なんて早期にやっても仕方ないわよと、割切る人
 が結構多いのも特徴だ。

 だからあまり血眼になって英語英語という人が少なかった。
 (私の回りはそうで、のんびりおだやかなママが多かった)

 言葉はコミニュケーションしないといけない環境におかれるから
 上達するのであって、必要のない所ではそれは表面には現れず
 ちっとも上達していないような気がしてくる。

 子供が日本ではなかなかアウトプットしないのはそのせいなの
 だが、下地作りをしていると、海外留学したり、サマーキャンプ
 に行くだけでもすぐに英語を使う環境が手に入るので、水を得た
 魚のように話せるようになるだろう。

 英語は本来、母語が違う人同士が通じ合うために共通の認識で
 理解できる言語として存在する
わけで、母語が同じ人同士で
 英語を使ってコミュニケーションする必要性は薄いと思う。

 あくまでも自分の気持ちを相手に伝えるために、共通でわかる
 言語が必要なのだ
ということで、それがたまたま英語になった
 それだけだ。

 相手が日本語ネイティブでない場合や、お互いの母語が違って
 すれ違う場合だからこそ、英語は実に有効なコミュニケーション
 ツールになる。

 私は英語が下手だけれど、中国人の先生とは、英語、中国語、
 日本語を使い分けてコミュニケーションをとってきた。

 その人は英語が堪能だったので、日本語で基本的には話しても
 どうしても言えない時に、私が中国語をある程度理解するので、
 それを使ったり、あるいは私の中国語がまずくて伝わり切れていな
 いと感じた時には、英語に切り替え、お互いがわかるように3つの
 言葉で何とか意志疎通したものだ。
 
 言葉とはそういうものではないのかと思う。

 でも、日本では日常ですぐ近くに外国人がいて、自然に話す機会
 などないので、親が英語を話してその環境を作ってあげると言う
 程度の親子間英語タイムは微笑ましい。
 それを否定する気持ちはさらさらないし、むしろ無関心で外の人
 に任せっぱなしにするよりはずっといい
と思っている。

 親が上手く導く英語アウトプットは効率もいいので、
 適度な英語タイムは、親子で大いに楽しんでいけばいいとも思う。
 ただ、そのさじ加減を間違えていなければ、親子英語ももっと
 多くの立場の人から支持されるのにと思うことはある。

 見ていると、それができていない場合が多いので、未だに英語
 教育の早期化反対の意見は根強いし、実際やってみた我が家で
 さえも、ここまで来るのに犠牲にしたことは多かったと思うぐ
 らいなので、英語は小学生ぐらいからゆっくり公教育で毎日一
 時間ほど授業で取り入れ、自然に誰もが負担なく英語を理解で
 きるぐらいにするのが、やはり本来のあり方だと思う。
 
 今とても緩やかに英語は進めている。ほとんど耳から聞くだけで
 学業の方に専念しているので、読む本も日本語しかないし、ニュ
 ースだってもちろん新聞も日本語だ。

 社会の教科書を日本語で読むだけでも難しいし、歴史に至っては
 通訳になるぐらいのレベルでないと、英語で学ぶことなどできは
 しないので、英語で教科を学ぶのは、現時点ではほとんど不可能
 になっている。算数は比較的それができる教科ではあるが、英語 
 で学ぶ意味がないし、受験には必要ないのでしていない。

 そんなわけで、何でも英語で学べばバラ色かというと、そんなこと
 はあるはずもなく、学力に差がある現実を見て、自分の子供の頭
 で英語で勉強することが本当に適切なことかどうかを見極めて
 からでも遅くはないと思っている。

 やってみないとわからないから、進むことも時には大事だけれど、
 それには思いきってひく勇気がセットでないといけない。


 尻込みせず自分の決めたことをぶれないでやるだけと言うのは
 聞こえはいいが、そこには必ず立ち止まって検証する時間と
 潔くやめる親の柔軟さが必要
で、それなしに進むだけは、やはり
 単なる親の自己満足エゴに過ぎないと思う。

 これをきちんとできる自信がある人なら、他の人がどう言おうと
 どんな風に世間が反対しようと、確固たる信念で頑張ればいい
 が、少しでも迷いがあるならとことんその原因を追及し、時には
 立場の違う人との交わりから自分を見つめ直すことも必要だ。
 


 長々と書いてしまったが、実は今朝冷蔵庫が突然死して
 しまって、大慌てで近所の家電量販店にかけこみ、
 何が何でも今日中に冷蔵庫持ってきてくださいと泣きつき
 どうにか配達してもらえることになった。
 冷凍は溶けるし・・・野菜ジュースは生ぬるくなってしまったし
 何も詰まってない冷蔵庫でも結構困る・・・
 ああ、また痛い出費だ~どうして我が家にはお金が貯まらない
 んだろう!誰か何とかして~と叫ぶまめっちママに
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* Category : コラム
* Comment : (4) * Trackback : (0) |

* by hama
やはり学力の差があるのは現実なんですね。それがプリスクールに入れるか正直考えるところです。きちんと国語として日本語を小学校から学べば大丈夫かなと安易に考えてましたけど、そうはいかないのでしょうかね。ハハハ。
またいろいろダブルリミテッドなど調べてみます。

hama様へ * by まめっちママ
学力差というのは、日本語の授業でも
歴然としているので、英語で学んで余計に
わからなくなる子供も確かに存在するんです。
それでイマージョン校でも日本語でもう一度
同じ授業をやって理解を深めることをやってます。
その分子どもたちは大変な時間と精神的負担
を感じるようです。幼稚園だとまだお勉強の
部分が少ないので、そんなことはないですが、
それでも差はやはり出ます。

フォニックスをやっても、リーデイングを
しても、出来ること出来ない子にわかれてしまい
ますから、それはもう日本語であっても英語で
あっても同じですね。

そのあたりも含めて何でも英語でさせたいと
思う親の心もわかるのですが、今一歩本当に
それが小さい頃から必要なことかどうか考えて
進んだ方がいいと思います。

能力の差は外国ではあって当たり前という
発想です。日本は根性と努力で皆同じになれる
という考えが普通なので、習熟度別で分ける
ことも反対が多いです。能力に応じたやり方
で伸ばす方が本当は伸びるのに、同じ方法で
やりたがることが伸びるはずの子供をだめに
しているような気もします。

* by mherese
まめっちママさんこんばんは。
今回の記事もとても共感いたしました。
「柔軟さ」・・・
育児(や教育)に一番求められる要素なのかもしれませんね。
頑なまでに変えない(変えられない)生き方と、柔軟に対応していく生き方・・・どちらが楽かといえば、後者ですものね。私も柔らかい頭と、芯の通った精神。両者を持ち合わせられるように日々精進せねばと思います。いつも素敵な気付きをくださってありがとうございます☆

mherese 様へ * by まめっちママ
柔軟な生き方と言うと聞こえがいいのですが、
あまり変えすぎてもまただめですし、地に足つけ
た生き方をしたいと思っています。
でも、時に頑固すぎることが子供のためになら
ないようなら、すぐに方向転換できるぐらいには
なりたいです。
バランス感覚…私の一番好きな言葉かもしれま
せん。(笑)

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