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個別記事の管理2013-11-30 (Sat)
 最近、そろばんが復活の兆しを見せていることが、とてもうれし
 い一人として、どうしても書いておかないといけないと思うこと
 があるので、少々長くなるかもしれませんが、おつきあいの程
 よろしくお願いします。

 私の小さい頃は、そろばん塾全盛期で、大抵の子が習っていた
 ように記憶している。その昔はもっと盛んで、読み書きそろばん
 と言えば、家電の三種の神器と同じぐらい、当たり前にされて
 いたことだった。

 すべての基本と言っていいような、勉強の一つとしてたしなみ、
 精神統一をして真剣に珠をはじく姿は、美しい芸術のように私に
 は思える。

 その時代の人達が今の日本の基礎を作ってきたわけで、それが崩
 れてきたのは、ゆとり世代からではないかと思う。

 円周率が3という乱暴なものになり、台形の面積は先送り。
 英語も関係副詞は中学で扱わない・・・・などなど色々なことが
 改悪されて、学力低下が進んでしまった。

 その反省で、今揺り戻しが起きて、様々な物が復活している。
 その一つにそろばんがある。

 一時期電卓で計算するなんてことが行われ、びっくりしたのだが
 普段の消費税とかの計算に電卓を使うことは問題ないのだが、根本
 の計算の仕方を学んだ上で、便宜上電卓を使う方が早いからそうす
 るというのが基本で、すべておまかせしていいという意味ではない。

 まあそれは置いておいて、このそろばんをやってこなかった世代
 が親になり、その意味がわからず、計算を速くする手段としか
 思っていない人にたまに遭遇する。

 もちろん何桁も一気に計算できるので、そういう風に思うことは
 あるかもしれないが、それは高度な達人級になった人の話で、ふ
 だんは、そろばん式暗算でやるのは、せいぜい二桁までで、それ
 以上は無理に暗算したりはしない。たまにやる時は、必ず検算す
 るので、間違うことはない。

 娘は4桁の暗算ができるが、学校のテストや宿題で一気に計算
 して、そのまま答えを書いて終わったことはない。
 例えば、7435+2529という計算があったとしよう。

 この場合、娘がどうやって計算をしているかというと、まず一気
 に見た瞬間で9964と暗算できてしまう。そろばん式なので、
 頭から足していくのだが、答えを頭から書いていくので、そろばん
 を知らない人が見ると、筆算せずにいきなり答えだけ書くことに
 大変驚きを感じるそうだ。この調子でやってしまうと、あっという
 間に終わるのだが、そのせいでさぞかし間違いだらけになるのだ
 ろうというような、これまたそろばんを知らない人が言うのだが、
 そんなことはない。

 ゆっくりでも丁寧に間違いのないように計算することは、確かに
 悪いことではない。でも、そろばん式暗算が間違いを多発するな
 どという誤解を持つ人には、その後、娘がどのように工夫してい
 るかなど知るよしもないのだろう。
 
 もし娘が一度しか計算しなくて、そのまま答えを書いたなら、
 間違いは確かにいくつか出て来ると思う。それをなくすために
 ではどうしているかというと、出た答えから足した2529を引き
 元の数字になるかどうかを、その場で確かめる、つまり逆算して 
 検算するのだ。

 それを同時に行うことで、間違いは相当数減らすことができる。
 更に時間が余るので、今度は、筆算が書いてあるノートに実際
 に下二桁を足して筆算する。この問題なら、35足す29をやって
 64次に上の二桁を足して99と書き、真ん中で切って、計算する。
 そうすることで、ほとんどの物はそろばんと筆算の合体方式で
 確実に計算できるのだ。
 
 娘に言わせると、みんなどうやって計算しているのか、不思議
 だそうで、上手に組み合わせることで、桁が大きかったり、複雑
 なかけ算や割り算の時でも、暗算しながら筆算することで、上手
 に問題をスムーズに解いてしまっていたので、計算問題が何十題
 出ようと、特に困りはしなかった。

 でも、一番そろばんが優れていると思うのは、そういう計算の
 速さでもないし、便利さでもない。極度の集中力を発揮し、真剣
 に取り組む姿が素晴らしいのだ。

 その時の脳は活性化しており、競技会などの様子は、神聖な感じ
 すらする緊張感漂う空間で、そこで真剣に取り組んでいる姿は、
 いやいや計算を何題もやらされているのとはほど遠い、究極の
 集中力と勝負の世界で、達人級の人の技を見るだけで、感動もの
 だったことを覚えている。

 そこまでできる人は少ないけれど、娘もそういう空気を吸って
 一緒におけいこできたことは、本当によかったと思う。

 先人達が残してくれたもので、今も続いているものには、必ず
 それが生き残る意味があるわけで、もし悪いものなら、とっくに
 なくなっていたと思う。それが今復活の兆しを得て、また子供達
 が近所のそろばん塾に通い出している姿を見て、やはりこれは
 この先も受け継いでほしい伝統だと深く感じた。
 この間テレビで日本のそろばん教室が中東かどこかで流行ってい
 る様子を見た。国はちょっと正確には覚えていないので、間違っ
 ているかもしれないが、世界でも通用する素晴らしいものを、も
 っと見直しても良い時期が来ているのではないか。

 クールジャパンの一つとして、こういうものが確実に世界の人
 の心をとらえているということが、日本人としてなんだかとて
 もうれしかった。




 4桁までなら、計算機より足し算引き算
 に関しては速く計算できてしまうぐらい
 にはなった娘に応援よろしくお願いします
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* Category : そろばん
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息子にもやらせていです。 * by masyaまま
うちも、そろばん始めようかと思ってます。
ただいま、息子は指を使って計算しているので。
それに、集中力が養えるというのが魅力です。

年内に幾つかの教室を覗いてみて、年明けから通い始めて、小学入学前には通う事に慣れている状態にできればと考えています。

普段は週2で長期休みの際に通えるだけ通わせようと考えているのですが、考えは甘いですか?

自宅で親が教えられないならば週3は通わないと身にならないと聞いたことがあります。残念ながら私も夫もそろばんの経験がないので家では教えてあげられません。

近所に、通いたい放題(何回来てもOK)でお月謝制。というところを見つけたので、お教室との相性が良ければそこにしようかと思っています。

masyaまま様へ * by まめっちママ
そろばん、最近は復活してきてますから、いいと思います。
そうですね、やはり週3回は行きたいところですね。
でも、一回からでも通えるところが増えてきましたよ。
大抵の子が他にもお稽古事を持っているので、そろばんだけ
に何回も通う子が少ないってのもあります。
本当は毎日でもいいぐらいなんですが、それは昔の話で
今はちょっとやっておけば、計算も速くなるし、脳の活性化
にもつながるので、やっても損はしないですから、身につけ
ておけば便利ですよね。うちの母も祖母もできましたから、
やはり高齢になってもぼけずにそういう計算の仕事をやり
続けてました。祖母はマンション管理で家賃や光熱費の計算
をずっと80才すぎてもやってましたし・・・母もそうです。
そろばんが害になったことは一度もないので、是非ご近所
で毎日いつでもいけるところがあるなら、お勧めです。
3回は理想ですが、できなければ無理はしなくていいと思い
ますよ。娘も最初は週一だったのです。それでここまで
来た生徒は珍しいといわれましたが、まあそこは私が家で
面倒みていたからなので、お母さんがちょっとだけ本など
で置き方や繰り上がりなどをマスターしておくと、4級ま
ではすぐに進みますよ。3級からは小数点が出てきて、ちょ
っと躓く箇所なのです。だから先生がつく方がいいのですが
そこまでなら、親の力でも何とかなりますよ。
頑張ってくださいね。

個別記事の管理2013-11-27 (Wed)
 教育ここが知りたい第十二回

 久しぶりのシリーズ復活!
 というかこのブログ自体を少々放置していたので、ちょっと
 真面目に書かないといけないかなということで、お稽古事につ
 いて少し書いてみようかと思う。

 お稽古事は、正直どこまでやったらいいのかという話で、私の
 子供の頃の話になるが、当時としては珍しく?いやそうでもない
 かな・・・母が結構教育熱心で、貧乏だったのに、子供にはたく
 さんの習い事をさせていたし、それなりにかわいい洋服なども
 買ってくれていたのを覚えている。

 一人っ子だったため、お金をかけることができたのかもしれない
 が、あの頃は高度経済成長期だったので、働けば生活は右肩上が
 りになり、夢があった時代で、マイホームも私が小学校6年生の
 時に購入された。それまで私の部屋はなくて壁の凹みの部分に机
 を置いて、そこが自分のスペースだと喜んでいたのだ。
 
 私がやっていたお稽古事というのは、ありきたりだが、当時の
 定番、そろばん、習字、ピアノだった。

 そろばんはほぼ毎日通い、みるみるうちに上達した。
 地区大会で優勝し、大阪府の大会に常連出場していたので、それな
 りに楽しかったことを覚えている。

 ピアノもそこそこ上手になり、通算11年やったので、ソナタぐら
 いは弾けるようになっていた。
 唯一やっていなかったのが実は塾通いで、この頃は誰も塾などに
 通っておらず、そもそも中学受験など誰がする話なのかという
 世界で、たまに国立受験の子がいて、それも抽選で最後は決まる
 ので、学力があっても、そこで落ちてしまうことがほとんどで、
 学校の友達も受けた子がいたけれど、結局その抽選とやらで、
 振り落とされてしまった。そしてみんな仲良く近所の公立中学へ 
 と進学していった。

 そういう古きよき時代だったので、塾で遅くまで勉強するなんて
 ことは経験せずに済んだ。
 そのせいもあって、お稽古事は長く続いていて、そろばんは小学
 校6年生まで、習字もそれぐらいまで、ピアノは中学2年ぐらい
 まで続けていた。

 ただ、とても残念だったのは、母の考え方が勉強をして固い職業
 について欲しいということだったので、いわゆる芸術系のおけい
 こは、ほとんど母の勝手な判断でやめさせられてしまった。

 私は当時かなり素直な子で、そろばんは大好きだったのだけれど
 中学に入って勉強の邪魔になるからという理由で、夜の部に通っ
 ていたのだが、泣く泣くやめた。
 本当にこれだけは、やめたくなかったのだが、母が厳しい人だっ
 たので、中学は勉強が大事ということで、すべてのお稽古事は
 そこで終わりになってしまった。

 今思えば、ピアノだってもっとやっていてもよかったし、他に
 やりたいことも出てきたので、親に自己主張してやらせてほし
 いと言えばよかったのだ。

 すべては私が気が弱く、大人しい子だったため、親としては育て
 易い子だったと思うが、それをいいことにすっかり自分カラーに
 染めて育ててしまったのだ。

 大人になってからも、良い子の続きをやっていた私は、反抗期
 というものがなかった気がする。

 それでも結婚に関してはちょっともめて、今は随分図太くなって
 親も昔とは違って丸くなり、(というか弱くなった)孫に大甘の
 普通の優しいおばあちゃんとなった。

 なんだか私の時とはえらい待遇の差で、娘には何でもさせて
 お金もかけてやっているのに、当時は随分厳しく、私には色々
 制約を加えてきたものだった。

 まあそんなことも遠い思い出で、別に恨んでいるわけでもないが
 そういう背景もあったせいか、私は娘には寛容で、何でも可能性
 がある事はすべてさせてやりたいと願うようになった。

 あの頃の私が、もう少し頑張って続けていたら、もっともっと
 別の人生になっていたかもしれないことを後悔しているからか、
 娘にはやりたいことをたくさんやって、その中から自分が一番
 好きなこと、一番頑張れる事を選んで、その道を極めてほしい
 と願っているのだ。

 ところが人生とは皮肉なもので、今度は娘がちゃらんぽらんで
 どれもすぐにできるようになるのに、これがという物がなく、
 絶対にやめたくないとか、頑張って人には負けたくないという
 ような物が全くないのだ。

 そんな娘のゆるさに歯痒い思いをしてしまうけれど、よく考えた
 ら、それも娘の人生で、私が暑苦しく娘の進路を決めてしまうこ
 とはできないわけで、もし強引に色々させて、頑張れと発破をか
 け続けたら、結局別の意味で、母と同じで、子供の意志を無視し
 た押しつけになってしまうことに気づき、勿体ないなと思っても
 できるだけ娘の意志を尊重するようにしてきた。

 だから英語をそんなにもうやりたくないと言う娘には、無理に
 英検に合格しろとか、もっとそっちの勉強をして洋書を読めと
 か、そういうことはさせなくなった。

 小さい頃にピアノで挫折した娘だけれど、電子ピアノも惜しげも
 なく人に譲ってしまったし、そろばんも、これは私のこだわりが
 あったので、一番抵抗があったけれど、娘が嫌いなものは、たと
 えどんなに才能があっても、それ以上無理にはさせなかった。

 本来なら無理にでも頑張らせておく方が一流と呼べる人にはなる
 のだが、私は親が決めた人生は結局後悔することになるという思
 いがあって、娘には自分で決めさせようと決心した。

 もちろん種まきはたくさんしておいた。何もしないで、子供の意
 志を尊重とか、子供がやる気を出したら、やらせてもいいけどな
 んていう考えではなく、ある程度たくさんの種をまいておいて、
 そこから芽が出た中から、娘自身が選べるように仕向けておくこ
 とだけはしておいたのだ。

 ここがよく勘違いをする部分で、昔公園仲間で子供のおけいこ
 とかには、ほとんどお金をかけない人がいた。
 そこの家庭の主義だから、別に問題ないのだが、子供がやりた
 いと言ったらさせるけど、言わないのなら、何もしない。

 そういう考えだった。でも何も与えずに自分で決めろと言われ
 ても、何をしていのかわからないし、みんな特技の一つぐらい
 は持っているものなので、そこで困ることになるのではないかと
 ふと思った。

 娘も英語を何もわからないうちにやり始めたから、いつのまにか
 身に付いたが、もし中学まで何もせずにきたとしたら、たぶん
 娘の性格から考えて、なんで日本で英語をやらないといけないの
 なんでこんなわけわからん文法用語出て来るの?となっていたと
 思う。これは本当に偶然だったけれど、種まきしておいてよかっ
 たと思う。

 要するにお稽古事というのは、ある程度親が才能を発掘するため
 の種まき行動のようなもので、子供がそれを楽しいと感じるよう
 にいかに持っていくかが最重要なのだ。

 ここを上手くできる親に育てられると、子供は気付かぬうちに
 自分が選択してその道を選んだと思うようになる。

 そうなるとしめたもので、私のように、やりたかったのにやらせ
 てもらえなかったという消化不良状態よりは、遙かにその方が
 子供にはいい気がするのだ。

 ただ、うちの娘はその辺も敏感で、結局親がそういう方向へと
 進まざるを得ないように仕向けたということを見抜く力を持って
 いるので、やっかいなのだ。

 でも、物は考えようで、色々やって自分が忙しくしている中で
 娘は、考える力を持てるように育ったので、色々やってきたこと
 自体は無駄ではなかったのだという結論に至っている。

 物になるもの以外はしない。これでは寂しい。
 そういうことを前提に考えると、私の母のようになってしまう。
 ピアニストになるとか、芸術家になるなんていう不確かなものに
 投資できなかった母を責めることはできないけれど、自分が決め
 たと思えない選択は、いつまでも心のしこりになってしまうこと
 も確かだ。

 そういうわけで、どんなに無駄に思えても、それが人生を豊かに
 してくれることは間違いなく、お稽古事はよほどの事情がない限
 り、本人が止めると言うまでは、続けていく方がいいと思うのだ。

 娘は現在、お稽古事は何もしていないが、高校になってから、
 やはり本来の一番好きな絵の勉強をさせたいとは思う。
 それも古典的な油絵とかではなく、デジタル絵を描きたいという
 ことなので、本格的にソフトを使って、今までも我流でやってき
 てはいたが、もっときちんとやってみてもいいかなと考えている。

 それをしている時が一番娘らしくて、活き活きとしているから
 新しい種をもう一度まいてみようかと思う。




 中高一貫なのに、高校で再び
 入学金がいるのと、制服一式買い直しと
 なるのが、勿体ないなと思って仕方無い
 貧乏性のまめっちママに愛の応援よろしく
 お願いします
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* Category : 教育ここが知りたい
* Comment : (6) * Trackback : (0) |

初めまして * by chiii-3
いつも楽しく読ませていただいてますが、コメントは初めてです。

今回の記事もとても参考になりました。
私がモヤモヤ考えていたことにしっかりと答えをいただいたような気がしてすごくすっきりしました。

たくさんの習い事をさせるのは親のエゴだよなぁと思っていたし、子供がやりたいと言ったことはやらせようと思ってきましたが、なかなかこれといって「やりたい!」と言うようなこともなく…
でも種まきと考えて習い事をさせてみて、そこから選択させる。
そうすることで色んな道への可能性が生まれますよね。
今は娘がそろばんをやりたいと言っているのですが、近くの教室はなかなか空きができず。娘はもう忘れてしまっているかもしれません…
経済的にも時間的にもたくさんの習い事はさせてあげられないのですが、「やりたい!」と言わずとも興味があるものはやらせてあげたいなぁと思いました。
ありがとうござました。

chiii-3様へ * by まめっちママ
コメントありがとうございます。
最近こちらのブログをサボり気味でしたが、メインブログ
なので、頑張ってまた更新しようと思います。
習い事は、多すぎても子供に負担がかかるのはよくないで
すが、種まきをして初めて芽も出るというものなので、何
もしないことがいいとは限らないんですよね。その選択を
親がしてしまうのではなく、子供が選んだ気になるように
持って行くのが親の腕のみせどころなのかなと・・・
選択肢が少なすぎると、子供の世界が狭くなってしまうの
で、ある程度種まきするのは大事だなと思うのです。
そろばんはとてもいいと思いますよ。次回の記事でそろばん
の本当の意味について書きますね。
やりたいという気持ちが、何事も伸びる原動力です。

* by masyaまま
こんにちは。連投すいません。

>子供がやりたいと言ったらさせるけど、言わないのなら、何もしない。

私の周囲にもそういう方は大勢います。
しかしながら、

「陳列棚にどんな商品が並んでいるか」すら知らなければ、欲しがる事もないだろう。

という感想をもったことがあります。

世の中にはどのような世界が、選択肢があるのかを知らせてあげるのも親の役目ではないかと感じています。

masyaまま様へ * by まめっちママ
何があるのかを知らないままでいるから、やりたがらない
だけというのは正解ですね。親が最初から選択肢を与えて
いないわけですから、子供は何も知らないまま、そのうち
友達はなんかこんなのやってるらしいということを聞いて
きて、時にはそれをやりたいということもありますが、
自分から待っていても何も進みはしません。
それは単なる親の責任放棄だと思います。やはり子供に
世の中には様々なものがあって、職業もそれこそそんな
職業あったの?というようなものがあるので、何がその子
の芽をださせるかわからないですから、やらせてみても
いいのだと思います。それでダメならすぐに引く勇気も
必要ですが、何も最初からしないというのは、私的には
責任放棄かなと思うのです。そういう親だから子供が
考えない子になっていることにも気付かないのですよね。
よく観察していて、色々働きかけている家庭では、子供が
何も考えずに無意味なことをしているかどうかは、わかり
ます。親のしっかりとした観察力と働きかけがあって
初めて子供の無限の才能が伸びるのです。天才は放って
おいてなるものじゃないですしね。

* by 通りすがり
習い事をさせるなとまでは言いませんが
学校の授業なんかで、先生が、わからないところがあれば手をあげて聞きなさいと言ってるのに、だぁれも手を上げない。
で、わかってるんだろうかというとそうでもない。
あとでスマホでしらべりゃいいわとか、タブレットの先生に聞くからとかね。
まあこんな子ばっかりじゃないですが、今はほとんどがこれですね

こんな状態で、何かを習うのはなかなか子供にとってつらいんじゃないですかね

私はボランティアでときどき絵画の指導をしてますが、そのう、絵というのは、自力で疑問点を見つけて質問しないと進めないものなので、今時の子に絵を教えるのはなかなか大変ですよ
こちらが行くまで、白い画用紙を眺めてぼーっとしてますからね。
わからないことが、わからないのと、何をしたらいいのか想像力もない。想像力がないから、たずねる事もできない。そのたずね方がわからない。
とまあ、こんな状態ですよ今時の子はね

通りすがり様へ * by まめっちママ
コメントありがとうございます。
すいませんが、もし今後またこちらにお越し頂けることが
ありましたら、その時はハンドル名をきちんと書いてコメ
ントしていただけたら幸いです。
おけいこ事は、確かに今の子供達は忙しいし、なかなか
させるのも難しいものがあるでしょうね。
無気力な子供になにかをさせるのは、本当に親もしんどい
でしょうし、絵を描くこともできずにぼ〜としている子が
多いというのは、恐らく幼少期にお絵かきなどをやって
いなかったんじゃないでしょうか。自由に描くということ
ができないのは、想像力の欠如ですが、そこに至るまでに
親が種まきしてこなかった可能性もありますよね。
何もせず、感性を研ぎ澄ませることが出来なかった子は
たぶん無気力になるんでしょうね。おけいこごとでなくても
外遊びでたくさん生き物を見たり、花を眺めたり・・・
そういう親子のふれあいが乏しいと、たぶんおけいこ以前の
問題が生じてくるという感じでしょうか。
子供を無気力にさせないために、親のかかわりが最重要
なのはいうまでもないことですね。

個別記事の管理2013-11-22 (Fri)
 英語に関しては、散々言い尽くされてきた感があり、目新しい
 ことはもうないなと常々思っていた。早期英語反対論者と英語
 は早いうちにやった方がやはりいいと言う賛成論者との対立構造
 も、正直聞き飽きた。

 語りかけして育てると、親が日本人で日本なのにそんなことする
 必要ないという対立構造も、どこまでいっても並行線。

 そもそもかみ合うと思うこと自体が無理な話で、本人が信念を持
 ってやっていることを、どんなに他人が力説してみても、頭の固
 さは、そう簡単に変えられはしない。

 ただ、そんな親の頑固な方針に振り回され、子供が苦しむのなら
 それは一番悲しいことなので、我が子への愛があるなら、子供の
 普段の様子を観察する気持ちだけは忘れないでほしいと思う。

 その上で、そこの家庭で何も支障がなければ、それはもう外野が
 ごちゃごちゃ言う必要はないとも思っていた。

 前置きが長くなったが、そういう悟りに似た境地の私が久々に
 これは面白いなと思ったコラムに出会った。

 大手新聞の夕刊一面に載っていたので、読まれた方も多いと思う。

 私もそうだが、英語は四技能のバランスが大事ということで、
 ぺらぺら話すだけ英語を否定し、文法も大事だよという、自分で
 も気付かないうちにかなりしんどい完璧英語を求めていた。

 ところが筆者はそれを簡単に、そんなに英語に振り回されなくて
 いいと言ってのけてしまったのだ。

 話すが得意な人はそれでいい。文法しかできません、それでいい。
 読む方は得意だけど、リスニングはできません。それもOK。

 人間得意不得意はあって当然。
 そこができない人は、その部分はまかせればいい。バランスよく 
 とか総合的になんてきれい事すぎないか?みんながお互いに相手
 の英語を総合的にチェックしあって、自分で自分達のクビをしめ、
 試験の押し付け合いをしてしまう、こんなことはやめにしようよ
 まあざくっと言うとこんな感じの内容だった。

 もっともやめておわりにしようと言っているだけではない。
 要するにそんな完璧な試験をやって苦しむのではなく、中身が
 大事なんだよということで、言いたいことを鍛える力、主張した
 り議論したりする経験が不足していることが問題なのであって
 いくら英語を教材や参考書で勉強しても、そこは鍛えられない
 と主張している。日本語でもそういうことができない人達が
 英語で出来るはずはなく、まずはそこを何とかせよということ
 が言いたいのだ。

 そう考えると、幼児に英語をしゃべらせて自己満足することも
 親が英語で日常会話をやっているのも、実に滑稽ということに
 なる。早期教育が日本語をおかしくするからという変な理屈よ
 りは、みんなが英語で苦労させられるような強迫観念に似た
 英語頑張らなきゃ病をやめて、日本語で堂々と主張できる中身
 のある人間になるための経験を積むことの方をやるべきなのだ
 という理屈の方が、私個人的にはしっくりきた。

 英語教育の責任を押し付け合い、誰が悪いと言い合っている間は
 まだまだなんだということで、なんだか読んですっきりしたのだ。

 私もそのバランスという罠に陥っていた一人だから、なかなか
 衝撃的な記事だった。

 新聞って携帯で読むだけではやはり味気ない。紙物で読んでいた
 からこそ、何度も読み返して、楽しむことができるんだなと、
 改めて思った次第で、新聞がかさばるからそろそろ紙をやめて
 もうデジタル情報でいいかなと思っていたのだが、考え直しても
 いいかな・・・・でもやっぱり邪魔だしな・・・・・
 好きな記事だけデジタルスクラップしておけばいいことか・・・
 なんて、とりとめもないことを考えていられるのは、幸せなんだ
 ろうな・・・




 昨晩何年かぶりに体重が20代の頃の
 数字に戻り、体重計が壊れているんじゃ
 ないかと電池を入れ直して確かめてしまった
 まめっちmamaに、頑張ったねの応援よろしく
 お願いします(まじで、超うれしかったんです)
  ↓ ↓ ↓
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個別記事の管理2013-11-21 (Thu)
 タイトルで???となられた方のために、サンドイッチ方式とは
 何かを書いておく。娘が考えた勉強の時間割で、勉強の間に睡眠
 をはさみ、記憶の定着を図ろうという目的で、この何日か前から
 スタートした新しい娘の勉強法のこと。

 なんかウィキィペディアの説明文みたいで申し訳ないけれど、
 いつも定期テストの勉強になると、何度も書いて覚える系のこと
 が出て来るので、娘はそれが一番苦手で、テストのための暗記と 
 いうのに意味をあまり見出していない状態では、何度反復しても
 覚えない頑固な脳なので、それをいやにならずに自己流で覚えや
 すくするために、達成感を一番感じられるようなやり方に変更し
 てみた。

 ごちゃごちゃ言っているが、そんなもん覚えればいいのだ。とに
 かく有無を言わさず覚えないといけない物はいけないし、テスト
 勉強に理屈をつけて逃げるのは、よくないのだと言うのは旦那で、
 私とはそこで意見が対立してかみ合わない。

 確かに世の中には、そうしないといけないからするという物は
 たくさんあるし、いちいち意味を考えて立ち止まっていたら、
 処理できなくて仕事が遅い、のろまだというレッテルが貼られて
 しまうだろう。

 それでさくさくと今までの前例に従って進めていくことになる
 のだが、娘はそういう流れには、逆行していて、とにかくすべて
 において意味を求めるタイプなので、適当に流す、とにかく覚え
 て点数を取るということに徹することができない。

 それで娘自身も多少は危機感を感じたのか、今回勉強をしていて
 やった感が出る、それでいてちゃんと眠れて、成長ホルモンも
 出る時間帯に無意味に起きていなくても済む方法を、自分なりに
 必死に考えた結果、サンドイッチのように勉強と睡眠を挟むこと
 にしたようだ。

 まず帰ってきて、ご飯を食べてすぐにお風呂に入り、眠る。
 しかも4時間!(長すぎる仮眠!)
 中途半端に一時間の仮眠で起きるなんてことをするから、眠りが
 足りずにいつまでもぐだぐだになり、イライラ感が増すらしいの
 で、親の私も、「起きると言ったのに、全然約束が守られて
 いない!」と、怒らなくてもいいところで怒ってしまうことにな
 る悪循環を断ち切るべく、だまって今回は娘のやりたいようにや
 らせてみる事にした。

 そうして三日過ぎたのだが、いいことが一つだけあった気がする。
 この時間割だとパソコンを眺める暇がほとんどないのだ。
 これはいい。集中して勉強する時間も短くて一時間半ぐらいで
 済むので、娘のような集中力がもたない子には、もってこいの
 方法なのだ。

 しかもある程度よく寝た感もあるので、起きてからは、比較的
 すっと勉強体勢に移行できて、集中して勉強できている。

 延々と長い時間勉強するのは、じっと座れない娘にとって、苦痛
 なので、この短時間の勉強を何回かに分けてやることで、めりは
 りをつけるのは、ある意味理にかなっているのかもしれない。
 最後は再び眠るで一日が終わるので、眠れず徹夜したにもならず
 記憶に必要な眠りも得られたという自己満足もできて、娘的には
 まずまずの滑り出しで、今回テスト勉強を続けていけそうだ。
 ただ、これは布団に入ると即寝できる人に限るのだけれど・・・
 寝付きが悪い人や、私のように一度起きるとそう簡単に次もう一度
 すぐには寝られないタイプには、このような細切れ睡眠は難しい。

 まあ結果がどうなるかはわからないし、そもそも勉強時間は短い
 ので、もっと集中してやっている子が見ると、全然足りないとは
 思うが、時間より中身の問題ということで、無駄を極力省き、
 だらだらできない状態に持っていけたのは、娘にしては上出来か
 なと思う。

 そのせいかどうかわからないが、成長ホルモンが出るゴールデン 
 タイムに寝ているので、なぜかこの何日かで体重が減った気がす
 るのだ。代謝が上がり、余計なものをため込まないようになった
 のかな?これで身長も伸びてくれれば、言う事なしなのだが・・・

 ちなみに私と旦那もダイエットがものすごく成功し、7月からスタ
 ートし、遂に7キロ減になった。

 これはかなり劇的な変化で、と言っても、傍目にはあまりわから
 ないのだが、自分の中では、内臓脂肪が激減してとてもうれしい。

 20代の頃に限りなく近づき、理想体重まであと1キロとなった。
 
 頑張った甲斐があったなと思うが、無理な置き換えダイエットは
 せず、バイキングにも行けて、減量できたというのはうれしい。
 人の方法が自分にあてはまるわけではないので、どうすれば自分
 が一番無理なくできるのかを考えることは、大切だなと思った。
 そういうのもあって、娘の勉強のやり方は、娘自身が続けられる
 ことが大前提なわけで、彼女がすんなり自ら取り組むことができ
 る方法だと思うなら、結局のところそれが一番なのだ。

 なんか無理矢理ダイエットにからめて〆た感満載の記事だが、
 勉強も英語も娘がやると決めたものでないと、結局は続きはしな
 いということがつくづくわかった。

 もう幼少期のように親が買ってきたものを置いておくだけでは
 見向きもせずに奥に押しやられるのがおちで、本人は親が思っ
 ているよりは、意外と真剣に物事を考えているようなので、それ
 を信じて気長に行くしかないなと思う今日この頃だ。





 インコがパソコン上で邪魔ばかり
 して、現在私の指にとまった状態で
 キーボードメッチャ打ちにくいんですけど・・・・
 ちょっと、どいてくれませんかね・・・
 と、書きながらインコに説教するまめっちママに
 愛の応援よろしくお願いします
  ↓ ↓ ↓
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* Category : 学校生活
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個別記事の管理2013-11-15 (Fri)
 現在、私は仕事で浪人生を二人教えている。
 どちらも古文を重点的にやっているのだが、今まで古文を丁寧に
 やったことがない様子で、知っていてもいいはずの文法事項や
 文学史の知識が欠けていて、まずはそこからですか?という部分
 で躓くので、結構大変だ。

 それでも少しずつ進歩していて、何度も出て来ることは、前回も
 あったな、こことここにも登場しているなど、勉強のポイントを
 教えて、必ず得点できる部分を強化していくことに重点を置いて
 いる。古文は覚えることが英語と比べても格段に少なく、勉強す
 れば、そう時間がかからずに、ある程度得意科目になる可能性が
 あるからで、毎週色々な大学の過去問をベースにした問題を解き
 まくることで、こつもつかめてくるので、前よりできるように
 なっている姿を見るのがうれしい。

 娘にもそういうできるという実感を持ってもらいたいので、何と
 かあの手この手で興味を持たせようと、面白そうな本を買ってき
 て、置いてみる。

 今目をつけているのがこれだ。

 

 正攻法ではないが、中学生なら入門としてこれで十分だ。
 まずは面白いと感じてもらうことが大切なので、娘がはまってく
 れたらいいけど・・・・

 読みたい物と読ませたいものは必ずしも(全く)一致しない。
 娘は友達から聞いてきた本や、ボカロ関係の小説化されたもの
 などを好み、こちらの意図するものは全然見向きもしてくれな
 い。それが中学生というものなのだけれど・・・・

 でも前にも書いたが、読ませたい本を強制するのではなく、
 読みたい本を与えることが結果的に国語力をつけることになる。
 何度も読み返すということが、大事なのであって、冊数だけ多く
 ても、頭に残らずストーリーのあらすじしか覚えていない・・・
 こんな読書なら、少なくても重読する方が良いに決まっている
 からだ。

 親が見せたい、読ませたいものを少し抑えて、読みたいものを
 自由に読ませる。こういう勇気も親には必要なのだ。

 放っておくと漫画しか読まないとか、そういった懸念もあるが、
 大抵の読書好きの子は色々なジャンルを読んでいるので、少なく
 とも漫画だけというのは、娘の周りを見ている限りではない。

 漫画が好きな子は、他の本も好きであるということが多い。
 読書しない子は漫画も読まないというのは、私の生徒で今まで
 教えてきた浪人生ほとんどすべてがそうだった。

 不思議なほど共通しているのだ。本はあんまり読まない。
 漫画は?と聞くと、これも読まないと答える子がものすごく多い
 のだ。不思議かもしれないが、確かにそういう傾向なのだ。

 親が思っているより、本好きな子ほど様々なジャンルに興味を
 持っているものだから、ここは一つ子供の自主性を尊重してみ
 てもいいのではないだろうか。

 


 浪人生を教えるのは、気を遣う。
 今度は後がないというのは、責任重大で
 必ず合格させなければと、気合いが入る
 まめっちママに、励まし応援よろしく
 お願いします。(この気合い娘に入れたいよ・・・
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個別記事の管理2013-11-11 (Mon)
 私にしては珍しく記事更新が滞っている。
 前回の記事が11月5日だったので、それからすでに6日目だ。
 色々他にしていることがあったので、そちらを優先させていたた
 め、こっちが疎かになってしまったのだけれど、このブログでは
 書いていない話、というかここで書くべき話ではないことを
 実はもう一つの別のブログで書いているため、最近はそちらが
 優先されているという事情で、こうなっている。
 (ちなみに「お笑い学力向上委員会」ではない)

 娘も中学生で、親子英語なんていうものはとっくに卒業したし
 中学英語を普通にやっている状況では、バイリンガルに関する
 記事もそう多く書けるわけではなくなったので、本来ならお休
 みして、このブログを閉じても良いときが来ているのだと思う。

 それなのにこうして置いているのは、ここには長い年月かけて
 多くの方と交流を持ってきた歴史があるからで、このブログを
 置いておけば、昔よくここに来て下さっていて、今は諸事情で
 忙しくなって、しばらく離れている方でも再び見つけてもらえ
 ると思っているからだ。

 事実そうやって何年か前によく来て下さっていた方に巡り会う
 ことができて、とてもうれしい気持ちに最近なったところだ。

 またある方は誰にも公表していなかったブログを探しあてて
 尋ねて来てくださったりもし、私も会いたかったので、本当に
 うれしかったり・・・・ただ、英語に関係する記事が少なくな
 っても、みなさんがよく知っているのはこの「想定外」のブロ
 グであり、そこが私の原点なので、これはたぶんこのまま
 多少更新が減っても、置いておくことになると思う。

 そういう事情で、あまり有益な情報もないまま、読者のみなさ
 んは退屈されているかもしれないけれど、もし個人的に別ブログ
 の存在を知りたい方がいらっしゃいましたら、メールフォーム
 から申請してください。

 さて、娘の近況を少し。

 まったりのんびりの中学生活最後の学年を過ごしている娘は
 英語を聞くことが最近ほとんどなくなった。
 もっぱら音楽で、好きなことは英語ではなくどちらかというと 
 音楽と言えるかもしれない。ギターの譜の読み方をネットで
 検索して覚えようとしたり、勉強をする時用のBGMにふさわしい
 リストを自分で作ったりして、どうすれば脳がリラックスして 
 アルファ派を出すかを研究して、そういう類の音楽を探してく
 るようになった。

 昔私がモーツァルトの倍速音声などを聞かせていた頃のことを
 娘が覚えていてそうなったわけではなく、自分でアルファ派の
 ことを調べてきて、勝手にそうし始めたのだ。

 親が種まきしておいたことがもしかしたら、残っていて、知ら
 ず知らずのうちに自分もそういった方向へ進もうとしているの
 かもしれないが、音楽を愛する芸術的な子供に育てようとして、
 娘のピアノのあまりのできなさに挫折し、諦めた私からすると、
 今頃になって、本人が音楽に興味を持つようになってきたこと
 が、なんだか不思議な気分なのだ。
 
 また最近は、ドラマや映画の音響などがその作品を盛り上げる
 重要な要素になっていることに気づき、そういう仕事もして
 みたいと思うようになってきているので、元々そうしたかった
 私達の願いを、やっと大人になろうとしている娘が自分の意志
 でやってみたいと思うようになってきたようだ。
 
 だから英語を聞かなくなってしまった娘だけれど、本人も英語
 の火を消したいわけではなく、TOEICだけはうけるつもりでい
 るらしい。それで今少しだけ自主勉で学校の課題以外のことを
 している。娘にしてはめずらしくさくさく進んで、本一冊丸
 ごと終わらせ、もう一巡するぐらいになり、更に続編までも
 やり始めたので、こういう自主的な動きこそが、本来必要な
 ことで、親がいつまでも英語英語と張り付くことが全く無意味
 なことだったのだと、ようやく思えるようになった。

 中学生ももうすぐ終わり、高校生になるのだから当たり前と
 言えば当たり前の話だが、思えば昔から娘は、自分で聞きたい
 ものを選んで、それを編集して早起きしてまでもウオークマン
 に入れたりするような子だった。

 中学受験前なのに、朝の時間に何をしているのかと思えば、
 好きなアニメのセリフを音声だけせっせと入れる作業をしていた
 のだ。自立心は早くからあったのだ。だから私の出る幕はなく
 娘がしみじみ言うには、

 「今さ、中二病とか言ってるやん。
  あんなのうちは小学生の低学年で卒業したわ。」

 だそうで、なんとも精神年齢が高い娘だと思った。
 昔から幼児特有の幼さがほとんどなく、ものすごく物事に対し
 て大人な判断をする子で、倫理感も正義感も生き物への愛情も
 恐ろしく人より強かった。

 そういう傾向が今はもっと強くなってきて、娘の方が私より
 もしかすると何でもわかっているのかもしれないとさえ思う。

 経験不足の面は仕方無いが、根本の考え方や未来を見据えた
 物の見方などは、いっぱしの大人よりずっと優れている気がし
 てきて、もう説教する必要もないぐらいで、娘から怒られる
 ぐらいになっている。

 こんな感じで、今は娘に全面的にまかせて勉強もやっているが
 見ていると、はらはらして、そろそろテスト勉強した方がいい
 んじゃない?とか、余計なことをつい言ってしまう。

 親だから何も言わずに見守るなんていうのは、理想にすぎず
 やはり気になることは口だししてしまうのだが、できるだけ
 娘の気持ちに寄り添って、本当にだめだと思うことだけは全力
 で阻止し、後は娘の判断の正しさを信じようと思う。

 ああでも、勉強・・・・・もう少ししてくれないかな・・・
 こればかりは、親ならみんな思うことだからね・・・・

 



 明日の授業の予習が気になり、
 買い物にも行かないといけないなと思いつつ
 外が大雨になって、また晴れるというあまりにも
 不安定な天気に、いつ外に出ようかと迷って
 ついパソコンの前に座り込んでしまうまめっちママ
 に愛の応援よろしくお願いします
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個別記事の管理2013-11-05 (Tue)
 国語というと現代文の読解が思い浮かぶ人が多いと思う。
 作者の心情を理解したり、評論文の小難しい文章から、主張を
 読み取ったり・・・それを苦手に思う子供達が多いのもわかる
 気がする。

 作者の考えなんてわからない、小説なんてどうとでも読める、
 国語なんて感性の問題で、土台勉強しても無理だから、しない。
 こう考える人が出て来るのも、仕方無い面はある。

 ただ、こういった思考の方達は恐らく今まで感動するような学校
 の国語の授業に出会ったことがないのだろう。
 私も正直、今まで素晴らしい現代分の授業にはお目にかかったこ
 とがない。

 予備校講師になってはじめて、授業とはこういう風にするのだと
 いうのがわかったぐらいだ。学校で習った国語というのは、ただ
 教師が登場人物の心の動きはどうでしたか?と問題提起はするも
 のの、各自が好きな感性を言い合って終わりみたいな、感情に訴
 える授業ばかりだった気がして、結局少しもすっきり感がなかっ
 たことを覚えている。

 なんでそういう風に読み取れるのか?理由がわからぬまま、悶々
 としたことも多かった。
 更にひどい先生の場合は、丸投げで終わり、後は各自で考えて
 おくようになんていうのもあった。しかもそれがテストに出て、
 みんな大いに困って、わけわからぬままに国語は勉強のしようが
 ない科目という位置付けになってしまっていた。

 こんな経験からも、国語というのは先生の質が重要で、いい先生
 に巡り会わないと、本当になんとなく日本語だからわかるでしょ
 みたいな科目になってしまうことを痛感している。
 大事と思われないまま、テスト勉強もあまりせずにいきあたりば
 ったりで受けるみたいな、そういうことが日常的になっているの
 が国語という科目の現状なのだ。

 英語や数学ならもっと真剣に勉強するだろうし、参考書も読む気
 がおきるのかもしれないが、国語を日々勉強して鍛えようとする
 子は少ない。

 娘もその例に漏れず、国語のテスト勉強はほとんどしているのを
 見たことがない。私は日頃から国語の重要性を認識しているから
 娘にも何とか普段から読解の基礎を教え込みたいのだが、時間が
 ないのと、他の教科の宿題に終われて、結局できずじまいになっ
 ている。

 でも、そんな中、唯一すぐに成績に直結するのが古典だ。
 これは本当にやればやっただけ、目に見えて点数に反映される。
 模試などでも問題が四題あれば、現代文が二題、古文と漢文一題
 ずつというように、古文漢文を得点すると、結構な点数になる。
 
 しかも点数があがりやすいから、これを学習しない手はない。
 ところが、この古文がまた、生徒達が嫌いな科目の上位に来るも
 ので、主語がない、意味不明、面白くないとすこぶる評判が悪い。

 確かに英語を訳すのと同じぐらい日本語といえども、読んですぐ
 わかる物ではないし、英語なら主語ははっきりしているのに、こ
 の古文はくせ者で、主語がはっきり書かれないのだ。

 こういったことが面白い文学作品がたくさんあるのに、読まれな
 い原因になっている。漫画にでもなっていれば、読む生徒もいる
 が、数ある古文の一部にすぎない。源氏物語などは、多くの漫画
 があるので、親しみやすい部分も多いが、それも一部の生徒が読
 む程度で、特に男の子は、あまりそういう物を読まない傾向が
 強いので、国語が苦手な子には男子が多い。

 問題点がわかるだけに、手を打つ方法はあるのに、それをしない
 娘も含めて多くの子供達が残念で仕方無い。

 そうはいっても、それを何とかするのが私の仕事でもあるし、
 せめて娘には授業をしてやれない分、本だけでも読んで今のうち
 に古文に対して変な構えをもたないようにしてやりたいと思って
 いる。

 古文は本来楽しい。現代と同じような人間模様が繰り広げられ、
 そこに生きている人の生活を垣間見て、自分達と同じだと共感し
 たり、出世争いを会社の構図と重ねてみたり・・・時代が変わっ
 ても人の生きている世界は、そんなに違わないのだということが
 わかると、授業は随分楽しくなるはず。

 だから私は娘にはたとえ漫画であっても、どんどん古文に関する
 物は勧めているのだ。
 
 次の模試では、少しでも国語の成績を上げられるように、この
 一番取りやすい部分を強化していきたいと思う。
 


 
 英語も大事だけれど、国語をもっと
 大切にしようといつも思っている
 まめっちママに、共感できましたら
 応援よろしくお願いします
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漢文や古文は * by うさまま
学生の頃は、不思議な世界という、ただぼんやりとした科目でした。それでも国語が好きで、あの難解の文を読み、理解したいと思ったりしたのですが、結局理解出来ずうやむやになり終わりました。先生が違ったら、もっと楽しめたのかもしれませんね。私は2歳の娘がいる、ただの専業主婦のおばさんですが、やっぱり今でも国語が気になるのか、今更ながら百人一首を読んでみたりしてます。学力がないので、読めないものもありますが、説明をみて昔の人の思いの深さに、ありきたりではありますが、感動しております。。。昔の人って素晴らしいですよね。もっと国語の勉強をしておけばよかったと、今更ながら悔いております。遅そすぎますが。。。涙
ところで、おもしろい文学作品が沢山あると、書かれていますが、お勧めの作品等教えていただけますか?今からでも、読んでみたいと思います。初心者でも読めるような、作品等ご紹介していただけると、嬉しいです。

うさまま様へ * by まめっちママ
学生の頃って勉強の大切さはわからないんですよね。
大人になって初めてもっとやっとけばよかったって思うの
は、みんな同じです。私も学生の頃物理とか全然できなくて
9点取った時は自分でも情けなさ過ぎて・・・娘もどうやった
らそういう点数になるの?と言うぐらいで、だめでしたね。
そういうのも今ならもっと勉強しておいたら、宇宙のこと
とか色々興味のある世界のこと分かったんでしょうね。
古文はたまたまいい先生に巡り会って、そのおかげで得意
になりました。面白い作品といえば、そうですね。
一般的なところで「枕草子」なんかいいと思います。
さしずめ今風に言うと、キャリアウーマンの清少納言が
ブログを書きましたみたいな感じなので、楽しく読める
と思いますよ。あと、蜻蛉日記とか・・・・これはね
恋愛感情がどろどろしてますが、待っても来ない男への
うらみつらみなんかが書かれていて、でも男の方もでき
るだけ誠実に接しようとはしてるんですけどね・・・・
現代の感覚で読んでも女性なら共感できる部分があると
思います。現代語訳が出てますから、ちょっと分厚いです
が、おもしろいですよ。

ありがとうございます * by うさまま
ご丁寧に返事ありがとうございました。まずは、早速、枕草紙読んでみます。
>キャリアウーマンの清少納言がブログを書きました
思わず笑ってしまいました。現代風に考えると、おもしろいですね。蜻蛉日記は、女の嫉妬記録ということだけ、覚えていました。私はとっても感情移入しやすく、しかもかなり深いので、本や映画等の影響が、生活にまでかなり影響します。蜻蛉日記だけは、読むまいと思ってましたが、お勧めですか。しところで、>男の方もできるだけ誠実に接しようとはしてる
って驚きましたが、そうなのですか?男性は見向きもしていないと思ってました。大人になってから読むと、また全然違ってみえるのでしょうね。アドバイスありがとうございました。お忙しいと思うので、このコメントの返信はお気になさらないで下さい。ブログ楽しみにしています。

うさまま様へ * by まめっちママ
蜻蛉日記は確かに重いです。(笑)
でも男の人がせっかく来てくれてるのにそっけなく
嫉妬深い作者の性格とかも考えると、その割には、結構
真面目に対応して、それなりの扱いをしていたとは思い
ます。まああの時代なので、通い婚は何かと女性には大変
だったかなと思いますが・・・・
重いのがいやな方には、源氏物語などの方がいいですね。
では、古文を楽しんでくださいね。

個別記事の管理2013-11-02 (Sat)
 久しぶりに娘がポスターを描いた。
 小学生の頃はよく描いていて、賞もたくさん頂いて、娘の自信に
 繋がっていたのだけれど、この頃はそういうものと縁遠くなって
 いて、今回、学園祭のために久しぶりに頑張って描いたものは、
 娘らしさが出ていて良い仕上がりになっていた。

 勉強は集中力が続かないくせに、絵は結構何時間も頑張れるのが
 不思議だが、好きだからこそできるのだろう。

 この好きという気持ちはとても大事で、人間本気で好きな事は
 少々面倒なことでも、やり遂げる気持ちが湧いてくるものだ。

 勉強もそうなればいいのに、それはなかなかならない。
 イメージを絵にするのは楽しい。
 自由に想像の世界を描くことができるのは、型にはまることが
 きらいな娘には丁度いいのだ。

 やはりこっち系の学部に進んだ方がいいのかもしれない。
 英語なんかよりずっと娘はデザインやイラストを描くのが好きだ。
 
 通訳になりたいとか、外国の大学に行きたいとか、そういう目的
 がないので、今は得意のデザイン力を活かし、トーク力もクラスの
 友達からは、すごくあると言われているので、何かイベント企画
 のようなことを大学ではやりたいらしい。

 娘が積極的に活動してくれるのはうれしい。
 消極的で人見知りが激しくて、自分を目立たないようにすることば
 かり考えていた娘が、そういう風にトークして人を笑わせ、活力を
 与えるような何かをしたいと考えているのは、意外だった。

 一流大学を出て、一流企業に就職して・・・そういうのも人生かも
 しれないが、もっと面白いわくわくとしたことをしたいという好奇
 心が勝っている状態が今の娘だ。

 元々そういう風に育てたかった。平凡な型にはまった堅実な人生
 を歩むのもいいけれど、破天荒でもいいから、何か斬新なことを
 やってくれるクリエイティブな子に成長してほしくて、そういう
 教育をずっと目指してきたので、今の成長は望んだようになって
 いるということなのだろう。

 途中で英語をやってしまって、早期教育の世界に足を踏み入れた
 けれど、根底にあるものはいつも変わらなかったのだ。

 勉強はその夢をかなえるためにするものという位置付にすぎない。
 偏差値が高い学校選択は、世間的にいいだけで、自分が本当にやり
 たいことに繋がっていないのなら、あえて選ぶ必要はない。

 進路の幅が広がるという利点はあるかもしれないが、あくまでも
 入口足きりに合わないレベルまでもってくれば、後は実力次第だ。
 
 娘の今のところの希望は、環境デザインや、機械工学、建築など
 の学部で、そこに入ってからは友達と何やら活動の場を広げて、
 やりたいことがあるらしい。
 
 人助けしたいと素直に言っていた幼児期、小学生の頃とは違った
 方向へ行こうとしているが、世の中に役立つものを作り上げると
 いう事も、広い範囲で人助けと言える。

 もし特別な技術を学びたくて、海外にとなった時は、やってきた
 英語が役立つだろう。だから今はそれほど英語に真剣にむきあっ
 てはいない娘だけれど、持っていて悪いスキルではないことも
 十分知っている。

 それに何よりも英語が得意科目であるという強みは、学校で
 その威力を発揮する。一目おかれる存在になれるということは
 自分に自信を持たせることになるし、一つでもそういうものが
 あれば、人はそれをよりどころとして頑張れるものだ。

 自分にはこれがあるという強みを持つことが、次なるステップに
 行く原動力となるのだ。



 

 
 私の体重が娘とほぼ同じぐらいになってきて
 娘が危機感を少しだけ持ち始めている様子。
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* by マリー
ご無沙汰しております。

とても奇遇ですがうちの娘もポスター描いてました。
クリエイティブな創作が大すきな娘です。
学校の成績も美術や音楽などが良く、
進路に関わる教科は・・・です。

先が思いやられます(^_^;)

マリー様へ * by まめっちママ
同じですね。我が娘も美術、音楽、体育副教科がとっても
いいのです。主要教科がかすんで見えます。(泣)
でもそれもいいかなと・・・勉強ばかりじゃなく他のこと
ができるのは、人間の幅が広がるということで、納得して
います。

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