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個別記事の管理2013-04-28 (Sun)
 ちょっと幼児期にしておきたいことシリーズも飽きてきたので
 最近の話を。

 先日、例の全国学力テストなるものを受けた。
 中学3年生と小学校6年生全員が受けたのだが、一部解答と問題
 が出た後で実施したなんていうまぬけな学校があったが、まあ
 それはおいておいて、娘の学校でも朝からそのテストをみんな
 で受けた。

 特に何とも思っていない国の実施するテストなので、どうだった
 と軽く聞いてみたところ

 「うん・・・なんか中3って、本当は
  こんなんやってるんやと思って・・・」

 なぜか元気がない。
 
 「難しかったの?」

 「全然、算数もめっちゃ簡単やし
  英語もそう。」

 まあ、私立だから先に進んでいるので、そう感じるのは予測され
 たことだったけれど、国語に関しては先取りとかあんまり関係な
 く、読解力がためされるから、どうなのかなと思って聞いてみた。

 「じゃあ国語は?」

 「国語・・ああ一番くそ簡単やってん」

 話はそこで終わり、とくに続かなかった。

 察するに、問題が簡単でできたかどうかは、娘にとって重要な
 ことではなく、なんで自分達は日々あんなに進んで難しいこと
 ばかりしてるんだろうという疑問の方が先にたっている様子・・・

 確かにこれが一番危惧されるところだった。
 最終的には同じ範囲まで到達し、受験はみんな同じ土俵で戦う
 のに、この時期からここまで超難しい問題を毎日宿題に出され
 中学のテストの点数が50点を切るようなこともあるなんて、
 私の中学時代からは想像もつかないことだった。

 昔と今とでは違うし、そもそも私の時代は中受なんてほとんど
 周りでしていなかったわけだから・・・・

 今でも大阪は公立王国というイメージがまだある。
 私立が伸びて昔とは全然様変わりしているが、高校はまだ伝統校
 が頑張っているところもあって、必ずしも公立はだめだという
 ことにはならないので、環境重視で浪人回避なら私立選択かな
 という感じで、住み分けができていると思う。

 今回のテストでも、本来中学3年生はこれぐらいのテストができ
 ればいいのだとしたら、娘が疑問に思うのも致し方ないのかも。

 公立中学に行ってトップクラスの成績を取って、高校に進学し
 塾に行く時間や部活、習い事などもできる環境の方がよかったの
 かもと、複雑な気持ちでテストを見ていたのだろう。

 今の学校では習い事に行く暇がないし、宿題は多くて日々大変で
 学校も遠いから疲れるし、地元ならもっと寝ていられるのにとか
 そういうことがちょっと頭をかすめてしまったのかも・・・・

 どちらがいいかは、誰にもわからない。
 公立から国立大学という人ももちろんいるし、私立からでも
 やっとどこかの私立に引っかかる程度で終わる人もいるし・・・・
 それはもう本人次第で、学校との相性や方針が自分にどれだけ
 合っているか・・・そこしかない。

 娘のようなちゃらんぽらんでぬるい環境にいれば必ず易しい
 方へ流れる子にとっては、私立で多少厳しくの方がいいと思う。
 本人もそれがわかっているから、そうしたわけだし・・・・
 
 でも、楽しそうに部活をやって余裕の時間帯に帰ってくる友人
 を眺めていると、中学生の心は揺れるようだ。

 もう少し楽なゆるい学校に転校したいなんてこともたまには
 思うようで、そういう時は大抵宿題が大量で、時間割の関係上
 提出日が重なってどうにもこうにも大変という時なんだけれど・・

 そんな時は弱音を吐いて、大学付属校にしておけばよかったか
 なとか、友達の女子校は楽そうとか・・・・

 そういう悩みもあるようで、テスト一つでも色々考えてしまう
 娘は、本当に今思春期真っ只中で、神経もピリピリしているの
 がわかり、親も正念場だなと思う。

 でも、ゴールデンウイークはそんなことをあまり考えずに、課題
 はもちろんやるけれど、遊びもたくさんやって、リフレッシュし
 て、元気にまた登校していけるようにしようと思う。

 娘の大好きな吉本新喜劇を見に行く予定もあるし、みんなでDVD
 三昧なんていうのもいいし、新しくできた梅北のシアターに行く
 のもいいかも・・・・(きっと人がめっちゃ多いんだろうけれど)

 まあ人生勉強ばかりで働くようになっても、またしんどい日々し
 かないとしたら、そりゃ悲しいでしょう。
 
 娘には何か打ち込めるものを見つけてほしいので、試行錯誤して
 三歩進んで二歩下がるでもいいから、いや三歩下がってもいいよ。
 とにかく悩んでもいつかは光の方向へ出られると信じて、気長に
 あまり深く考え込まずに生きてほしいと思う。

 

 カゴになかなか戻りたがらないインコ
 を戻すには、電気を消して真っ暗にして、
 カゴの上からそっと止まり木に止まらす
 だけで随分大人しく入ってくれることに
 気づいたのがうれしい、単純なまめっち
 ママに愛の応援よろしくお願いします
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個別記事の管理2013-04-25 (Thu)
 幼児期にしておきたいこと第十回

 できるだけ自然体で不自然な制限や変更なしに娘を育ててきたと
 いうことは前回書いたが、では何もかも現実的に育てたかという
 とそうではなく、どちらかというと身の丈というよりは、できる
 だけ一流の物を取り入れる機会を作ってきたつもりではある。

 ただ、自分があまり精通していない分野において、例えば絵画な
 どで、よく美術館に足を運ぶことが感性を磨くことになるのかど
 うかは、正直よくわからない。

 というのも、こういう例と比べるのが適切かどうかわからないが、
 芸能人の格付け番組というのがあって、そこで一流の物とそれほ
 どでない物を見分けることができるのかどうかというのを毎年
 やっていて、それを見ていても、人間の感性がいかにあてになら
 ないかを感じるからだ。私がいいなあと思う物がもしかしたら、
 全然無名の人の作品だったとか、おいしいと感じる物が添加物
 の入った食品だったとか、そういうことは日常的にあると思う。

 実際柔らかくて高級肉間違いないと選んだ肉がスーパーで売って
 いるグラム300円ぐらいのものだったとか・・・・・

 名監督の撮った映画と素人の作品を比べてもそのよさが全くわか
 らない人もかなりいるということなど・・・・

 こういうのを見ていると、人間って名前や評判で決めていて、本
 当のところなど何もわかっていないのじゃないかと疑問に感じる。

 例えば名画展に行っても、私には美しい絵だなと思うことはでき
 るが、どこがどう素晴らしいのかを本当にわかっているかは別で、
 世間的に有名だから、とりあえずそういう物を見せるというのは
 何も見せないよりはずっといいけれど、必ずしも感性豊かになる
 のかな?と思うことがある。

 だからある程度自分がその世界を知っていて、それなりに理解
 している分野に関しては一流かそうでないかはわかるので、どこ
 が素晴らしいのかを子供に教えて、それを意識することで良い物
 を見極める練習をすることが可能だと思っている。

 私は自分がそろばんの世界ではちょっとだけその当時活躍してい
 たので、たくさん賞を取ってトロフィーも家にあるし、素人の人
 よりは幾分理解しているつもりなので、先生を選ぶ時は質を重視
 した。

 当然塾などもどういう塾ならよくて、どういう個別指導なら娘
 をまかせられるかなども業界関係者ならおよそわかる。

 だからそういう物に関しては遠くまで探し求めてでも一流にこだ
 わった。近くにあるものを選択せずに良い物を探してわざわざ遠
 方に小さい子を連れていくことは、人によってはそこまでしなく
 てもと思うことだったかもしれない。

 でもそれをしっかりやったからこそ、力をかけた物は伸びた。

 ただ、親ができることには限界があり、何でもわかる訳ではない。
 自分がわからない分野で一流のものを見極めるためには、最初か
 ら評価がすでに高いものを見るしか方法がないのも現実だ。
 だからそういう物を見るしかない場合、そこで一工夫することで
 それが単なる鑑賞会で終わらず、「よかったね、きれいだったね」
 という単純な感想ではなく、もっと活きたものになる気がする。
 
 私が考える名画の鑑賞の仕方はこんな感じだ。
 いい絵と言われているもの、その中でも自分の感性にあっていて
 眺めていたいと感じるものを子供に見せて、例えばそこで使われ
 ている色が何と何とを混ぜてそんな色にできるのかを、色々試し
 て下手くそでもいいからその色合いを真似てみる。もちろん絵の
 具も全然違うし、同じ色など出せるはずもないのは承知の上で、
 この微妙な青は何から出しているのだろうという疑問を持つこと、
 どうやってこんなに綺麗な発色ができるのだろうと考えること。
 そういう鑑賞の仕方なら、たった一枚の絵でも十分できる。

 光と影のでき方を観察してこっちから光が当たっているから、
 この絵はこうなっているんだよとか、あるいはじっくり一枚の
 絵をたとえリトグラフであってもいいから、眺めて何か隠され
 た文字を発見したりするとか・・・・

 そういう面白いことをやってみるのも一つの手ではないかと思う。
 こういう実験のようなことをやっていくうちに、観察力がついて
 細かいことに集中できる力もつくかもしれない。

 それをするには、最初は本の方が便利ではある。
 例えば、こういう本で色の勉強をして、感性を磨くのもいい。
 
 子供と一緒に見て楽しんでいくうちに、じゃあ本物を見てみよう
 かということになり、子供も興味を自ら示すようになればもうけ
 もの。その時こそが展覧会や美術館に行くチャンスになる。

 今はこういった名画解説本もたくさんあるし、親がわからなく
 ても見るべきポイントのようなものを教えてくれる。
 それを利用するもよし。ただ、ずっと知識ばかりでは面白くない
 だろう。必ずその後には自分で描いてみたいという思いが強くな
 るに違いない。

 そこをすかさず後押ししてやれるかどうか・・・・・
 そんなもんは役立たないから勉強の方をと思ってしまうのは
 残念すぎるので、幼児期ならではの時間を大切にし、無駄に見え
 ることでもやってみることが、何かを生み出す原動力になると信
 じている。

 


 うちの旦那は味覚音痴で
 あきらかに安くてまずいハンバーガーを
 おいしいと言うので、一流ってどういう
 感性なんだろうと思うまめっちママに
 応援よろしくお願いします
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個別記事の管理2013-04-23 (Tue)
 幼児期にしておきたいこと第九回

 知育を伸ばすことにとかく目を奪われがちだが、子供の成長に
 もっとも大切な徳育についても、幼児期の働きかけや親の姿勢
 が大きく後々に影響してくると思われる。

 よく三つ子の魂百までと言われるが、幼少期に染みついたその
 子の本質のようなものは、生涯その子の人格形成に大きな影響
 を与えると最近ものすごく感じている。

 例外は何事にもあるし、親が悪いと子も悪くなるかというと
 そんなことはなく、反面教師になってまともに育つ場合もある
 ので、一概には言えないのだが、確率的には劣悪な環境におか
 れると、心がすさむ確率も高くなるように、親の考え方は
 子供に確実に伝わり、いつしか気づいたら親と同じようにして
 いたなんていうことを発見して、自分でも驚いた経験をお持ち
 の方も多いのではないだろうか。

 私はテレビから受ける影響やゲームから受ける影響については
 それほど深刻には考えていない。

 それは小さい頃、娘が意外とおもちゃなどをほしがらない子で
 たまにオモチャ屋で手に取る物はボールや一輪車、バットなど
 運動系のものが多く、お人形には見向きもしないし、どちらか
 というと本屋に行っても、そこに置いてあるパズル例えばLaQ
 などをつなぎ合わせる作業に夢中になるタイプだったので、
 テレビゲームのソフトを買ってくれと言わなかったからだ。

 もちろんこれはコマーシャルの影響をあまり受けずに済んだか
 らで、面白そうなソフトのコマーシャルが垂れ流されていると
 それを毎日目にしているとほしくなってくるのは子供も大人も
 同じだろう。

 そういう意味ではテレビをつけっぱなしにするのは避けたい。
 だからといって、テレビを一切見せずに過ごすとか、親が選び
 過ぎて何もかも遮断して温室育ちにすることもどうかと思う。

 家で見せないようにしても、外で必ず目にする機会はある。
 流行っているものを一切買わない主義も限界があるだろう。

 だからそういうものの存在を隠すのではなく、もっとそれより
 楽しいことがある、そっちより自分はこっちのおもちゃや知育
 玩具で遊ぶ方が楽しいんだというようにもっていけば、自分で
 それらを選ばないという選択になるので、子供も本当はほしい
 のに買ってもらえなかったとうらめしい気持ちにならずに済む。

 よく大人になって、オモチャをいっぱい子供に与える人がいる
 けれど、よく聞いてみると、小さい頃にあまり買ってもらえな
 かった、あるいはそれらに対する強いあこがれのようなものが、
 大人になって自由に物が買えるようになって吹き出してきたと
 いうことのようで、強い反動が来てふりこが正反対にふりきっ
 てしまったのだろう。何事も極端になるのは考え物だなと思う。

 娘は5才ぐらいまでほとんどテレビは見なかった。
 見ていたのは勢いで買ってしまった英語のビデオ教材で、それ
 に連動して英語で遊ぼうとか、えいごリアンという番組などは
 よく見ていたが、決して見なかったものは、バラエティー番組
 だった。

 私も旦那もそっち系がきらいなので、ほとんどそういう番組は
 見る事もなかったし、第一昼は家事育児に忙しく、テレビをぼー
 と見ている暇がそもそもないし、夜もうちのスケジュールだと
 さっさと夕飯を済ませて、子供がプリントをやったりブロック
 を作ったりしている間に片付けをして、お風呂の準備をし、
 そして娘を早めに寝かせる(当時は9時には必ず布団に入れた)
 ためにはそんなゆっくりゴールデンタイムにテレビを見ている
 暇なんてなかった。
 うちは旦那が夜働く仕事なので、いつも娘が寝てからしか帰って
 こないし、私一人で何もかもやっていたので、その頃流行って
 いたドラマすら見ることはできなかった。

 だから娘もそういものの影響を受けずに済んだわけで、手持ちの
 少ないおもちゃで上手に工夫して遊ぶ子に育った。

 女の子なので、戦隊物には興味がなかったし、魔法物にもほと
 んど興味は示さず、「セーラームーン」にはまることもなかった。
 今でも娘はそれほどテレビゲーム系はしない。
 DSもWiiも持っているけれど、ソフトは少なく、ずっと同じもの
 で遊んでいる。それもバトル物などはなく、考える系か育成系の
 もので、私がやっているのを見ていても、それほど興味を示すこ
 とはなかった。ゲームよりお絵かき、ブロック、工作、そっちが
 メインだったので、ここだけは上手くいったのではないかと思う。

 絵本はプリスクールでは英語の物を読んでいたが、家では完全に
 日本語の本を読み聞かせ、寝る前に必ず日本昔話と世界名作物語
 とを何冊か持ち込んで、それを読んでから寝ていた。

 ひととおり全部有名どころの話は読んだと思う。
 人魚姫などは、ディズニーのハッピーエンド版ではなく、泡にな
 って消える元の話をちゃんと読んだ。

 私はストーリーの変更は好まないタイプなので、勝手に何でも
 よかったねで終わりにするのは、かえって教育上よくない気がし
 て、そういうことは極力不自然なので避けてきた。

 もちろん子供の本なので、そんな目を背けるような絵が描いてあ
 るわけではなく、結末がちょっとかわいそうすぎるというだけで
 それを言うなら、フランダースの犬だって涙なしには読めない。

 もっともあの場合は、最後にちらっと絵が見えて幸せの中で天国
 に召されているので、必ずしもアンハッピーではないけれど・・・

 子供には死の概念や理不尽なことに立ち向かう勇気なども知って
 ほしくて、きれいな汚れていない納得できるようなことばかりを
 見せることはしなかった。もちろん何もわからないうちは、あん
 まり刺激の強いものを見せない方がいいし、聞かせない方がいい
 こともあるが、基本的に絵本の世界では、それほど強烈な挿絵
 もない。陪審員になって被害者の遺体などの写真でPTSDを起こし
 たという事件が最近あったが、それとは異なると思うので、それ
 ほど神経質になる必要はないかと思う。

 それより現実世界で何かがなくなる、誰か大事な人が死ぬという
 ことなどの方がよほど命について考える機会になる。
 生き物を飼ってちゃんと世話することや、死んだらもう生き返る
 ことなどないのだということを日常的に教えて他者や人間以外の
 物への慈しみの心を養うようにしていく方が現実的だと思う。
 テレビや物語でいくら規制をかけても、現実の世界で大人がいが
 みあったり、人を陥れたり、悪口を常日頃言っていたら、子供の
 教育上はるかによくないことだと思うのだけれど・・・・
 ということで、次回は感性を豊かにするためにしておいた方が
 いいことについて。
 (全然違う話になる可能性もあり)

 


 この頃カゴから外へインコを出すと
 私のところばかりに来て、へばりついて
 仕事が全然できないのがうれしいんだか
 悲しいんだか・・・・・もっと他の家族
 のところで遊べよと思わないでもない
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個別記事の管理2013-04-21 (Sun)
 幼児期にしておきたいこと第八回

 知育、徳育、体育、子供の成長にはこれらすべてが重要なのだけ
 れど、その中でも知育の分野では、算数力がやはり今後一番能力
 の差が出る分野となってくる。
 ドリルをただがむしゃらにやるだけでは、どうしても身に付かな
 いセンスや空間認識能力などは、紙の上でいくら問題が工夫され
 ていても、なかなか感覚として身に付かない。でも、その中でも
 比較的すぐに身に付くのは数の概念で、それに一番有効だったの
 は、やはりうちではそろばんだった。

 娘の通っていたそろばん塾はユニークで最先端のやり方を導入し
 ている塾だった。パソコンを使った九九の練習はもちろんのこと
 英語で読み上げ算をやってくれたり、テレビでもおなじみのフラ
 ッシュ暗算もやっていた。

 実はうちのすぐ近くに昔ながらのそろばん塾があったのだが
 そこはやはり九九ができるようになってから来て下さいという
 本当によくある普通のそろばん塾だった。

 だから遠いけれど幼稚園児に教えてくれる所を探して連れてい
 ったのだけれど、それだけの価値はあったと思う。

 フットワークの軽さが大事と書いたが、本当にいい先生を捜し
 てわざわざ近所のそろばん塾を横目に見ながら通うというのは、
 相当な教育ママのイメージをもたれる恐れもあるが、先生を選ぶ
 というのは大切なことで、スポーツ選手なら一流のコーチをつけ
 るために新幹線で通うなんてこともあるぐらいなので、そろばん
 に関しては、この塾に通ったからこそ短期間に伸びたのだと思う。

 そこで数の概念は億まですんなり理解して、二度目のそろばん
 塾にかわってからは、読み上げ算が毎回10桁とか、凄い時は
 兆の読み上げ算をやっていて、そこの塾の名物だったようだ。
 そういう刺激的なことをやってきたがゆえ、算数に対する要求も
 当然高くなり、もう市販のレベルでは満足できない状態になって
 いた。

 娘は計算に関しては誰にも負けない自信があったので、速さは
 ぶっちぎり一番でクラスでやっていた百マス計算はいつも最速
 だった。そういうことがますます自信につながり、考える応用
 問題にも果敢に挑戦していけたのだと思う。

 空間認識能力については、小さい頃からのブロック遊びと立体
 パズルが役だったような気がする。男の子に算数が得意な子が
 多いのは、やはりレゴなどを好きな子が多いからだと思う。
 
 女の子にありがちなお人形遊びやままごとは、空間認識能力とは
 少し違う感じなので、娘がそういう物でほとんど遊ばなかったこ
 とと、少ないパーツでいかにそれらしきものを作るかを常に工夫
 していたから、考える能力がついたような気もする。

 またいらぬ話をして横にそれて肝心の数学のサイトの話が出て
 きていないので、いよいよその話に入るが、こういう下地が
 あったからこそ、あのサイトへの興味も湧いたのだと思う。

 そのサイトは算数・数学アカデミーというピーターフランクルさ
 んが校長をしているネット上の学校で、算数オリンピック委員会
 が出題する問題が毎月出される。コースも色々あり、レベルに応
 じて選べるようになっている。

 小学校高学年ぐらいから参加する方がいいのだが、3年生で
 一番下のコースからスタートして、徐々にレベルアップして
 いくこともできるので、まずうちは一番下のコースからやって
 みた。一筋縄ではいかない問題のオンパレーで、相当頭を使う。
 考え込んで悩んで日にちをかえて解いてみて、できた時の快感
 は相当のもので、よっしゃこれでいけるとネットで解答をして
 正解が出たら大喜びしていたのを覚えている。

 できない時もあって、日にちがせまり焦って悩むこともあった
 が、数学の好きな子にはたまらない問題だったと思う。
 段階的にヒントが出され、それをもとに何とか自力で解答する
 ようになっているのもよかった。毎月二回問題が更新されるの
 で、たまに期限ぎれになることもあったが、普段集中力があま
 りなく、のめり込むことがほとんどない娘が、ノーヒントで
 何とか解こうとする姿は、強制とはほど遠いこれこそ自主的に
 やるという姿なのだと感動したものだ。

 入会しているメンバーを見ていると、有名な私立中学高校生の
 オンパレードで、いわゆる御三家や関西では灘、洛南などの合格
 者がどっさりいるという状態で、ああやはり最終的にはこういう
 サイトにいきつくのだなと感じた。

 とにかく短時間でできる問題ではないので、塾に行きながらこれ
 らの問題を解くのは大変だった。
 こういうサイトで勉強し、そこから中学受験専門塾で勉強すると
 いうパターンが意外といいかもしれない。

 まあ幼児期にしておくことというタイトルとは少しずれてくるの
 で、これは小学生になって、更なる上を目指して子供のやる気が
 あればお勧めということで、まずはそこまでいくまでの下準備と
 して、空間認識能力を高めておくことと、計算を得意にしておく
 こと、そして思考するためには、ドリルでというよりそこにある
 物をいかに利用して、何かを生み出せるかなど、創造性を養うこ
 となど、多角的に物事を見られるような環境作りをすることが大
 切なのではないかと思う。

 


 次回は学力を伸ばす事以上に大切な
 徳育について。本当はこれが一番
 幼児期には必要なことだと思っている
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個別記事の管理2013-04-20 (Sat)
 幼児期にしておきたいこと第七回

 小学校の2年生ぐらいまでに娘は一通り色々なお稽古事をやった。
 続かなかったものは、ピアノとダンス。ダンスは正直センスが全
 くなかった。今も体育の授業で一番苦手だという。小さい頃に
 ダンスショーを見て舞台に上がっていったのは遠い日のまぼろし
 だったのかというぐらい、そっち系はだめだった。

 アイススケートを習わせたいとかも考えていたが、近くに教室が
 ないし、スケートリンクそのものが、ほとんどどこにもない状態
 で、通年で習えるところがいくら探しても見つからなかった。

 そういうわけで断念したのだが、そのかわりと言ってはなんだが
 体を鍛えるために水泳をさせていた。
 選手になるわけではないので、一通り泳げればよしということで
 幼稚園の年中さんから1年生の途中までで一応平泳ぎまではでき
 るようになった。

 それで十分。脳ばかり鍛えても身体的なことがにぶいのでは
 学校でも居心地が悪いだろうから、知育徳育体育全般を頑張る
 という目標の一つはクリアできた。

 徳育に関しては、また別に書くが、知育部分で思考力を伸ばすた
 めに少しずつプリント学習を進め、七田式、どんぐり倶楽部、
 そろばん、囲碁、これらを組み合わせて、更にプリスクールで
 算数や歴史、地理などを英語という言語で学んだことが相乗効果
 となって、娘は色々なことを吸収していったと思う。

 随分たくさんと思われるかもしれないが、それほど大変なことで
 はなかった。

 家では工作、ブロック、ビーズ、お絵かきをやる暇もあったし
 そろばんは地区大会で優勝してから、週三回通うようになって
 いたにもかかわらず、早々に撤退したピアノとスイミングの
 空いた時間があったため、速読も習うことができるぐらいだった。

 どこにそんなに時間があったのだろうと今思えば不思議なのだが
 上手く回そうと思えば時間は作れる。

 家では算数のとあるサイトの会員になって、娘は知的好奇心を
 十分に伸ばすことができるような問題を喜々としてやっていた。
 (小学3年生の頃の話)
 一番ハードだった小学一年生の一週間のスケジュールを思い出し
 てみると、こんな感じだろうか?・・・・(まじで忘れている)

 月曜日 スイミング
 火曜日 英語アフタースクール(2年生でやめた)
 水曜日 囲碁と英会話のダブルスクール 
    (両方の教室が徒歩で移動5分だったため、合計2時間)
 木曜日 塾(中学受験を視野に入れていたため)
 金曜日 ???(たぶん何もなし)
 土曜日 英語のサタデースクール 川遊び そろばん 
 日曜日 祖父母と買い物、食事、友達と公園遊び

 こうして見ると勉強系は少ない。週一回みんなが公文に通うの
 と変わらない程度だ。低学年の間はできるだけ、まだ勉強という
 形のものを多くはしたくなかったのだ。家庭学習で塾から出され
 た宿題をすることと、サタデースクールの課題の英語日記を書く
 ことぐらいだろうか。

 英語がやけに多いのは、英語をせっかく習得して話せるようにな
 ったのだから、それを忘れないようにするために、最低限10才ま
 では英語にふれる時間をできるだけ多く取りたいという気持ちか
 らで、それ以上の目的はなかった。決して受験のための英語の先
 取りなどではない。

 このスケジュールだと、学校から帰ってきて宿題をさっとすませ、
 その後おけいこに通って帰宅すると、大体普段は7時半ぐらいだっ
 たと記憶している。

 夕飯は娘が学校に行っている間に作っているので、すぐに食べら
 れるし、そのあと寝るまではそろばんの練習と塾の宿題をする日
 もあれば、時には英語のビデオを見たり、洋書を読んだり、好き
 な絵を描いたり、ビーズで指輪を作ってくれたり、たまに家の中
 で二重跳びなんかをやってしまったり(家が壊れる・・・
 なんだか日々忙しく動き回っているという生活だった。

 だから日曜日は祖父母と一緒に食事したり遊んだりして、一日
 結構自由に過ごしていた。情操面でも核家族とはまた違う祖父母
 の愛情も受けながら育ったので、習い事が多いにもかかわらず、
 世代間の確執もなかった。(私の実の父母だからというのもある)

 娘は忙しい中でも充実した日々を送っていたと思う。
 
 長々と書いていて、前回予告したサイトの話がほとんど書けない 
 ままになってしまっているので、次回はいよいよ娘が夢中になっ
 て一時期問題にチャレンジしていた時のことを思い出して書いて
 みようと思う。

 記憶が薄れてきているので、お稽古事の曜日や時間は、かなり
 アバウトなのをご了承下さい。




 次の次ぐらいで徳育について出てくると
 思うので、もうしばらくおつきあいください
 このシリーズは書こうと思えばいくらでも
 書けるので、途中で他の話になることも
 あるという前提でお願いします
 それでもいいよという優しい方は応援
 よろしくお願いします
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個別記事の管理2013-04-19 (Fri)
 幼児期にしておきたいこと第六回

 幼児期は可能性を追求するために脳力開発を中心にやってきたが、
 そればかりで勉強方面を何もしないできたわけではない。
 ブロックや絵ばかり描いていても、算数ができるようになるわけ
 ではないので、プリント学習も前回書いたように一日一枚を基準
 に進めてはいた。3才ぐらいからスタートしていたので、5才に
 なった頃には、それでもかなり進んでいて、当時七田式の学習
 プリントはDまであって、それを幼稚園年長さんになるまでに
 何とか終わらせることができた。

 BからスタートしてDまでやったという達成感のようなものは
 あったので、その後何をするかを考えた。当時は市販の問題集
 といえば、最高レベル算数とかが一番難易度が高かったので、
 (今もそうかな?)そういう問題集に移行していくのがいいの
 かなとか色々考えた。でも、どうもそっち系は好きになれず、
 それほど先取りすることを重視していない我が家は、先に進む
 ことを目標にはしたくなかったので、別のものを探していた。
 その頃たまたま見つけたのがどんぐり倶楽部だった。

 色々サイトも研究した上で、算数のCD-ROMに収録された
 問題をやってみることにした。単なる数字を変えただけの単純
 なドリルをやるよりは何倍もよかったけれど、どんな物でも
 全部ぴったり自分の考え通りというわけにはいかず、いくつかの
 点でどうしても受け入れがたいことがあったので、のめり込む事
 はなかった。もっとも、単に私の求めているものとは違うだけで
 それがぴたっとはまる家庭もたくさんあるので、そこは感性の違
 いということでしかない。

 美味しい物を食べても、好みの味かそうでないかで分かれるよう
 に、基本的には優れたものだけれど、自分は別の方がいいと思う
 ような、そんな感じだと思ってもらえればわかりやすいかな?
 それでも他のドリルよりは断然問題の質がいいと思ったので
 年長さんから一年生の間しばらくはやっていた。

 面白い工夫が随所にされていて、一例をあげると、問題文の書き
 方一つでも他とは違う。
 最初はひらがなで書かれていて、次にフリガナ付きの漢字で書か
 れたものがあり、その次には一度出現したフリガナ付きの漢字は
 フリガナなしになって、最終的には全部が漢字になる。というよ
 うな構造になっていたり、よくある市販の問題集のように明子
 さんがお菓子を2個もらいましたとかではなく、フンコロガシ
 君が糞を一日50個ころがしましたみたいに、子供の興味をひく
 ようになっているところとか・・・・確かに楽しく勉強できる
 ようになっている。
 算数をしながら漢字もできるようになるという非常に優秀な作り
 は、市販の問題集では今までなかった気がするので、これらの点
 は高く評価している。

 だからこそ娘にもやらせてみたのだ。

 でも娘はそれで思考力がついたというのではなく、それをやる
 時にはすでに自分で考える力を持っていた。

 問題の面白さもあって、割とさくさくやってくれた記憶はある
 が、思考することができる子だからこそ、あの問題の面白さと
 高度さがわかるのであって、基礎学力のない子には随分つらい
 問題だと思う。絵を描いたり図式化することで、問題をじっくり
 考えて解くのは、とてもいいやり方なのだけれど、その絵が描け
 ないとしたら・・・・
 小さい頃に娘のように絵が大好きで、模写も得意、自分で描く
 のも大得意な子ならいいけれど、嫌いな子には苦痛以外の何物
 でもないだろう。

 そういう子には、スピードを競って人より計算が速くできると
 いう自信をつけてやった方がいい場合もある。

 さくさく進むことで快感を感じるようになれば、もっと難しい事
 に次はチャレンジしたい、自分の可能性を試したいと思うように
 なるかもしれない。
 反対に、今まで様々なことをやってきた子や、発想力がある子な
 ら、こういう面白そうな問題を放っておくわけはなく、何とかし
 て解こうとするものだ。だからわざわざこうしなさいと言わなく
 ても、色々紙に書いて頭をひねり、できないと悔しがったりする
 ので、そういう子にするためには、まずその土台を作る体験こそ
 先にやっておくべき
なのだと思った。

 土台がないとろこに思考力問題をやらせようとすると、時間ばか
 りくって親もいらいらしてしまうだろうから、それならばもう少
 し別のことをした方が精神衛生上ずっといい。

 そういうわけで、合う合わないが著しく分かれるどんぐり問題は
 すべての人にこれだけやれば賢くなるなどとは言えないし、土台
 作りもしないといけないことを考えると、総合的な力こそが必要
 で、バランスよく多方面から伸ばすということがやはり一番大切
 だという結論に達した。

 ということで、どんぐり倶楽部は一年ちょっとやって終わった。
 それは塾に行き始めてやる暇がなくなったというのが一番の理由
 だけれど、もっと娘の感性にあったものを見つけてしまったとい
 うのもあったかもしれない。その話は次回に回すとして・・・

 その後、娘はそれ以上の問題をどんどん解いていき、算数は
 最も得意な科目となり、自ら編み出した解法で解くことも
 よくあり、時間を一番かけているのは算数になった。

 勉強している科目は何かと見れば、いつも算数。
 中学入試では算数ができることは絶対条件なので、先取りを
 しなかったけれど、ちゃんと思考力はついていたのだという
 ことを知って、今までやってきたことが無駄ではなく、勉強
 という直接の形を取るのは、比較的後でもできるのだという
 ことも身を持って知ったのだった。

 後伸びして5、6年生で急に塾に来て成績優秀という子供が
 いるのも、こうしたことと無関係とは思えない気がする。

 次回は娘が目を輝かしてチャレンジしようとしたあるサイトの
 存在について・・・




 書き尽くしていたと思っていたことでも
 まだあったのだと驚くほど、幼児期は
 充実していたのだなと今更のように
 気づいたまめっちママに応援よろしく
 お願いします
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個別記事の管理2013-04-18 (Thu)
 幼児期にしておきたいこと第五回

 計算力をつけるためにそろばんを導入したおかげで、娘は指を
 使うことから解放され、計算能力は一気に高くなった。

 一度習得してしまうととても楽なそろばん式暗算は、その後も
 中学受験の時に大いに役立ったので、これは本当に導入してお
 いて正解だったと思う。何度も同じような計算プリントをさせ
 ずにすんだので、娘のような根気のない子には、これしかない
 というぐらいの計算手段だっと思う。

 もっとも私は計算のためだけにそろばんを導入したのではない。
 本質はもっと別のところにあったのだけれど・・・・・

 それはイメージ力を高め、手先を使うことで脳も活性化する
 という脳力開発の側面もあった。

 脳力開発こそうちが一番幼児期に力を入れていたことだった。
 直接先取りなどで学年以上のことをどんどんやるという事では
 なく、今しかできないような脳力を開発し、将来独創的で
 何かを生み出せるような子にしたくて、そのための手段と考え
 ていたからだ。

 だから漢字や算数のドリルをどんどん進める方式ではなく、むし
 ろパズル、ブロックなどをメインにどんな作品を作ってくれるの
 かを楽しみにしていた。褒める事と言えば、すごい面白いものを
 作ってくれた時や、思いもよらないリサイクル的な発想で何か
 を作りあげようとした時、毛布の上に描いたアートだったり・・・
 とにかく直接学歴が高くなりそうなこととは無縁の物を応援
 し続けた。

 そういう発想力を大切にするためには、イメージ脳が必要だった
 し、そのためにしたお稽古事は、私がこれまた今まで考えもしな
 かった囲碁だった。

 ちょっと前に「ヒカルの碁」が流行ったので、その影響で囲碁を
 やりたい子供も増えつつあったので、それも後押ししてくれた。

 将棋の方がいいんじゃないかと当初は思っていた。
 将棋なら祖父ができるので、少しは教えてもらえるし、私も何と
 なく昔父が将棋番組を見ていたのを覚えているので、そっちを
 させることが頭をよくするんじゃないかと漠然としたイメージ
 を持っていた。

 ところが囲碁をやってみて、はじめてその奥深さに気づいた。
 あの碁盤の上で全体を見渡してどういう展開になるかを予測す
 るのは、神技のように思えた。

 目の前の碁石を取ることに夢中になって、その先のことを全く
 考えずにばんばん打っていくのが初級の子供の打ち方で、娘も
 最初はそんな感じですぐに石を取りに行って、その後八方塞がり
 になり、あっさり負けました宣言をするという・・・・そんな
 状態だったが、段々先読みするようになっていき、少しはまし
 な打ち方もできるようになっていった。

 勉強には結びつかないし、テストの点数もそれであがるわけ
 ではないけれど、確実に頭を使うおけいこであったことは間違
 いない。

 こういうことが功を奏したのかどうかはわからないが、娘は
 細部を観察する能力に長けている。私が全く覚えていない事
 を実によく覚えていて、いつどこでどんなことがあって何を
 話したのかも、小さい頃の記憶なのに覚えている。

 自分でフォトグラフィックメモリーだとか何とか言っているが
 今でも模写がものすごく得意な娘を見ていると、そういう観察
 力が優れているのも納得できる。

 模写だけではなく、見なくても再現する能力も比較的高い。
 そのせいでやったことのない硬筆で毎年入選することもできる
 のだろう。習字や硬筆を習っている人からすると、ふざけた話
 かもしれないが、まぎれもない事実で、正確にお手本を真似る
 ことができる能力などは、知らず知らず幼児期のこういった
 体験からできあがったのではないかと思う。

 目先の学力ではなく、長い目で見た海とも山ともわからない
 ような脳力開発をさせるのは、正直勇気がいるかもしれない。
 でも、一度しかない人生。学歴だけとか、勉強だけとかで
 終わるのも勿体ない。できるなら様々な能力があって、そこ
 から自分で選べるぐらいになれたら理想ではないか。

 一つを極めることだって十分難しい。学歴でトップだって
 そう簡単に取れるものではない。どれも中途半端になるぐらい
 なら、これと決めて邁進する方が賢いという考え方はものすご
 く理解できる。

 むしろその方が大多数の人にとって、現実的な考え方だ。

 でも、あえてそういう道を選ぶのではなく、幼児期だからこそ
 可能性がいくつもあるのに、一つの道しかないような方向で
 進まなくてもいいんじゃないかと思ったのだ。

 大人になるにつれて現実がどんどん見えてくる。
 だからこそ、最初から小さくまとまるのではなく、何にでもな
 れるという時期に色々しておきたかったのだ。

 それで後悔はしていない。娘は今でも幼児期の忙しかった時期
 を一番楽しかったと言っているのだから。

 次回は学力を伸ばすためにやっていたドリルなどについて・・・






 インコのカゴにかぶせている布をそっと
 とって見たら、こっちと目があって、急に
 飛びついて隙間から明かりの方をのぞき
 こんで逆さまになっているのがかわいすぎる
 と思う・・・・・そんなことせずにちゃんと
 寝かせてやれよと思わないでもないまめっち
 ママに応援よろしくお願いします
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個別記事の管理2013-04-16 (Tue)
 幼児期にしておきたいこと第四回

 記録のために頑張る、人と競争するというおけいこ事は娘の性格
 になじまないと判断した我が家が選んだお稽古事は必然的に右脳
 系のものになった。

 本当は運動系をもっといれたかった。当時私は娘が音楽を聴いて
 リズムをとっているのを見て、音楽系やダンスをやらせたいと
 切に望んでいた。ダンススクールにも連れていったし、ピアノも
 弾くより音感教育と思って絶対音感を身につけるような教室を
 探して連れていったものだった。

 でも、どうもこつこつ練習することができず、集中して何かをや
 る能力に欠けていた娘は、何度も同じ音を聞いてそれを一日に
 何度も繰り返して訓練するということはできなかった。

 やはり合わないお稽古事は続かないということで、親の思惑は
 見事にはずれていった。

 でもそんな娘が喜んで通っていたのが七田式の教室で、いわゆる
 お受験系とは違う勉強とは思わない楽しい遊びの延長だったから
 続いたのだと思う。

 うちが唯一勉強系のプリントとしてやっていたのは、七田式の
 知恵、文字、数のプリントだけだったので、正直勉強系はそれ
 だけで何もしていなかったと言ってもいい。

 一日一枚。気が向けが娘がたまにどういう風の吹き回しか
 5枚やったとか、そういうことはあったけれど、基本的に
 それぞれ一枚だけやるというスタンスだったので、時間もかか
 らないし、毎日続けられた。

 先取りとはほど遠い一日一枚を毎日こつこつ続ける。それだけ
 で幼稚園年中さんの頃には、小学一年生の漢字ぐらいは書ける
 ようになっていた。

 これは先取りをどんどん進めておられる家庭と比べると、全然
 遅いけれど、それでも十分すぎるほどだと私は感じていた。

 それよりそのプリントを進めていくうちにあることに突き当り、
 そっちの方が気になり始めた。

 それが計算だった。
 (やっと本題突入か?)

 文字は早くから娘は認識して書けていた。
 これは勉強したのではなく、積み木に書いてあるひらがなを
 私とカルタ取りみたいにして遊んでいるうちに覚えただけで
 教えたことはない。お絵かきボードにそれを書いて消して遊ん
 でいるうちに英語とひらがな、片仮名が書けるようになった。

 それが3才の頃で、本当に字を教えるのに苦労したことは一度
 もない。

 でも計算だけは別だった。(やっと本題)

 数の認識は小さいとなかなか難しい。
 特に指で数えられない10以上になると、そこからの計算は
 難しくなる。

 娘も足すとはどういうことかはわかっていたが、机の下で
 指で数えて計算し始めていたので、私はこれがまずいと思った。

 指は10本しかないので、足まで使うなんてたこじゃあるまいし
 そうなるのはいやだった。

 もちろん最初は指で数えて数とは何かを認識させていく方法で
 いいと思う。でも、繰り上がったり桁が増えるという概念を
 指で教えるのは限界がある。それをクリアしてくれてしかも
 頭のイメージで生涯の計算力が身に付くものは・・・・
 そろばんしかないと思った。

 私自身がそろばんのおかげで計算で悩んだことがないので、そ
 の便利な方法を娘にも伝授したくて、幼稚園の年中さんになる
 のを待たずしてそろばん塾を探した。

 幼児にそろばんを教えるというのは、その当時まだ常識外の
 ことで、九九もわからない子にどうやってそろばんを教えるの
 だという頭の固い人がまだまだたくさんいた時代だった。

 実際早くやりすぎても、やはりかけ算が出てくるところで躓き
 九九がわからないと進めないのも事実なのだが、これも娘は
 幼稚園の間にクリアできた。

 九九はパソコンのゲームで遊んで覚えたので、半年もかからずに
 楽に習得できた。そろばん塾の先生が柔軟な人だったので、年中
 さんにやっとなる娘を受け入れて、遊びからスタートし、わずか
 一年たらずで競技会で小学生と混じっても戦えるぐらいにしてく
 れたのだから、できないことはないものだと感心した。

 幼児は何でも操作をすぐ覚える。この間、前を歩いている小さい
 子がお母さんの携帯を上手に触って操作しているのを見た時、
 今時の子らしいなと娘のことを思い出してしまった。

 娘もその当時の常識では無理と言われていたそろばんをちゃんと
 理解してできるようになったのだから。

 小学校に入学する時には、小数点も理解し、一年生で暗算検定
 二級にも合格したぐらいなので、できないことはないと思う。

 ドリルをしなくても娘はこうして小数のかけ算、割り算、普通の
 足し算引き算なら4桁を一度に暗算できるぐらいになっていた。

 計算力がつくと、算数が好きになる。もちろん考える問題も大事
 なので、計算だけではだめだが、基本の計算が遅いとそれだけで
 考える時間が足りなくなり、面倒臭くていやになるという悪循環
 に陥るので、計算を速くするのは、思考を少しでも長くするため
 必要なことなのだという認識だった。
 
 それにはそろばんが一番だった。これほど速く計算できるものは
 他にはないだろう、というぐらい一瞬で答えが出るので、それを
 習得してしまうと、普通の計算はどうやってやっているのだろう
 という疑問が湧いてくる。

 私は今でもそろばん式以外の計算方法はわからない。
 娘も同じで、みんなどうやって計算してるんかな不思議と言う。

 まあそれは慣れの問題で、できればどういうやり方でもいいのだ
 けれど・・・・

 ただ、私がそろばんがいいと言ったから、どこの家庭でも週に
 一回ぐらいのお稽古感覚でそろばんができるようになるのかと
 いう誤解が生じるとまずいので、本当のことを書いておく。

 そろばん塾は週に三回は通わないとなかなか思うような成果は
 出せない。家で独学も可能だけれど、少なくとも親がそろばん
 に長けていない場合、本を買って練習するという方法では、
 正直なかなか進めないので、挫折する確率が高くなる。

 もし親ができないなら、やはり専門の先生にお願いするのが
 いいと思う。
 
 毎日練習しないと上達しないのは、水泳やピアノと同じなので
 なぜこれだけは娘が続いたのかが不思議なのだけれど、それは
 計算が魔法のようにできるということと、指で数えなくても
 いいのだということが、娘にはかえって楽だと思ったからだ
 ろう。

 それと私が一応そろばんができたことで、日々少しでもいいか
 ら、ついて教えてやることができたからで、かけ算になってか
 らは、そろばん塾に週一度しか行けなかった我が家が、みんな
 に追いつくためには、私のフォローがないと無理だった。

 位取りの方法を教え、そろばん塾で習ってきたことを忘れない
 ように復習して練習のつきあいをして、毎日通っている子と同じ
 速度で進めるようにこの時だけはちょっと頑張った。
 私が教えたものは、後にも先にもこれだけかもしれない。

 こんな感じで、私が一番頑張っておけいこに連れていって、教室
 を探し回ったのがそろばんだった。

 こっちの路線で進んでしまったため、公文の算数はしなかったの
 だが、英語や国語は公文式で勉強しておきたかったと今も思う。

 そのことはまた折々書くとして、計算はすべての基本であること
 だけは間違いないので、まずはそこをきちんとマスターして、そ
 の上で、次に思考力を鍛えるのはどうすればいいのかを考える
 べきだと思う。

 では、思考力をつけるためにうちは何をやってみたのか・・・・
 次回はそのあたりについて。

 

 

 記憶がはっきりしないことも最近増えてきた
 ので、時系列がばらばらになることもありま
 すが、そこは笑って許して応援よろしくお願
 いします。
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個別記事の管理2013-04-14 (Sun)
 幼児期にしておきたいこと第三回

 当初、仲間作りから入っていった英語教室が我が家の最初の習い
 事になった経緯は、過去にも何度か書いたが、一番させようとは
 思っていなかったことをやるということもあるのだということに
 自分でも驚いている。
 
 あの頃は0才児に英語なんてさせてるのは、どこの教育ママかと
 思って正直あきれていた。
 今思えば、自分の方こそが偏見の固まりで、何も知らなかっただ
 けなのだということになり、恥ずかしい限りなのだが・・・・

 まあ世間というのは大抵そういうもので、自分の知らない世界の
 ことは、偏った知識で悪く思うもので、だから今私はなるべく
 バランスよく色々な立場から物事を見ようとするようになったの
 だけれど・・・・

 その頃の私は、子供というものは小さい時にはできるだけゆった
 りさせ、勉強よりもっと他の感性を磨くことが大事だと一般論で
 思っていた。だからドリルをさせるとか、英語を高い教材を買っ
 てさせるとか、そんなことはありえないことだと考えていた。

 ずばり名前を出すと、公文式も大昔は反対だった。
 (今はやっていればよかったとすごく後悔している)
 もちろん英語なんてあり得ない。幼児教室に入れてお受験?
 なんで幼稚園児にそこまでさせるのか?と、もう偏見無知の
 固まりのような感じだった。
 (本当にすいません。)
 
 なぜそんな私がここまで変わり、しかも娘にたくさんお稽古事
 をさせたのか?

 それは自分の目で見て確かめ、子育てしてはじめてわかったか
 らで、子供のいない人に何がわかるの?という意見があながち
 うそではないということもわかる気がしてきた。

 もちろん子供がいないから黙っていろという意見は暴言だと
 思うし、様々な立場の人の貴重な意見は拝聴するべきだと私は 
 思っているけれど、自分が子育てを具体的にしていって初めて
 世の中の常識と思われていることが、必ずしもそうではないの
 だということに気づき、一人一人違う子供に一般論を当てはめ 
 ることがいかに無意味なことかを痛感した。

 同じように育てても兄弟であきらかに違うのを見れば、その
 ことがわかるのではないかと思う。

 そういうわけで、何事もやってみる精神であちこち回るうちに
 楽しくなってきて、子育ても明るく前向きに考えられるように
 なったことで、親が楽しいイコール子供も楽しいということが
 連動していることに気づいた。

 親が子育てをつらくて自分だけが損していると考えている間は
 子供もそういう親の気持ちを敏感に感じ取ってしまうので、
 それこそが一番よくないことなのだとわかった。

 ここだけはどの子に対しても共通ではないかと思う。

 それで色々試しに回っているうちに、子供のお稽古に一つの
 傾向が見え始めた。強制的にタイムを伸ばすことや、記録を作
 ることには、自分の娘は向いていない。楽しいと感じることを
 やっていると、それは飛躍的に伸び、結果的に勉強してもつら
 くない・・・・そういういいサイクルになるということがわか
 ってきた。もちろん世の中は楽しいだけでは、どうにもならな
 い。時として我慢したり辛くても頑張る精神力も必要で、すぐ
 にしんどい事から逃げたり、親が遠ざけてばかりいると、子供
 は打たれ弱い、我慢できない子になることも事実だ。

 うちは強制部分が緩かったため、全力で辛くても頑張るという
 根気が少し弱い。これは私が素直に自分の子育てで失敗だった
 なと思う点だ。

 ただ、何をしないといけないのか、考えることは人一倍する子
 に育ったので、やってきた右脳系お稽古事が弊害をもたらした
 ことは一つもないと断言できる。

 むしろ左脳系の反復をあまりしなかったので、そのことが今逆に
 弊害になっている気がする。

 よくフラッシュカードを見せることを悪のように言う人がいる
 が、それは本質を全く理解していない人だ。名前を覚えさせる
 ためにそんなことをしているわけではないし、実物を見て触っ
 て味わってに勝るものがないことぐらい百も承知の上で、それ
 とは違う目的で子供の好奇心を伸ばし、脳の働きを活性化する
 ために遊び感覚で取り入れているゲームのようなものだという
 ことを、何も知らずに発言しているいわゆる昔の無知だった
 頃の私と同じ類だ。
 
 すべての物を見ることは時間的にも地理的にも無理だけれど、
 例えば世界遺産のカードであるなら、本物を見たいと思う
 きっかけになることもあるし、高速で見ることで、もう一度
 見たいな、あれは何なの?というものすごく知りたい要求も
 出てくる。そして現実に本物に触れる機会があった時、ああ
 これがそうだったんだという発見の喜びを感じたり、ちらっと
 見ただけなのに、その実物を見た時にあれだよねと子供のもの
 すごい記憶力の一面を垣間見たりできることで、人間の能力っ
 て素晴らしいのだということに感動することもある。

 こういうことを体験したことがないから、カードで勉強させる
 なんて、馬鹿な親だという偏見に満ちた発言が飛び出すのだ。

 もっともこれは一部の間違った親が、そういう使い方をしてし
 まうからで、そこにも責任はあるのだけれど・・・・

 そんなわけで、私も聞くのと見るのとでは大違いということで
 自分の子供が、活き活きと教室に通い、勉強という認識なく
 それでいて賢くなっていく姿を見て、今までの考えを改め、人
 の意見ではなく、自分の目を信じようと思った。

 長くなってきたので、続きはwebで(しけた・・・




 次回は計算についての見解
 そろばんが登場するきっかけについて
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個別記事の管理2013-04-12 (Fri)
 幼児期にしておきたいこと第二回

 生身の人間との付き合いを大事にし、そこから色々な考え方を
 聞いたり見たりした私は、その情報の真偽を確かめるべく自分
 の足で見学に行った。

 「へ〜そうなんだ」で終わりそうなことでも、それをそこでスル
 ーしてしまわずに、少しでも興味がそそられたことは体験するこ
 とで、どんどん行動的になった私は、今からみると相当アクティ
 ブだったと思う。

 ただ、見学すると、それなりに習い事も増えてくる。でもそれは
 一つ一つみんな意味があったからで、単に子供を疲れさせるだけ
 だとか、考えない子を作るだけだとかいう的はずれな意見とは全
 く違う素晴らしい成長を目の当たりにしてから、子供は自由に伸
 び伸びと派だった私はその考えを改め、子供は無限の可能性を秘
 めているもので、それをつぶさないようにしてやることこそが、
 親の努めではないかと思うようになった。

 もし疲弊した子供に自分の娘がなりそうなのを見たとしたら、す
 ぐにすべてをリセットして、娘の幸せを第一に考えていたと思う。
 当時の私は育児書も読まない、胎教もしていないまさにのんびり
 育児の代表のような人だったのだから。

 そうしなかったということは、その頃の娘が今よりずっと輝いて
 いて、よく言われる子供に小さい頃から色々させすぎで虐待して
 いるというような事実がなかったということに他ならない。

 能力以上のことを要求したり、成果を求めすぎて勉強のように
 なってしまう子育てをしている一部の行きすぎた事例は確かに
 存在するが、そういうのは私がこれから書こうとしている
 教材の間違った使い方をしている人や、幼児教育が超先取りの
 お勉強と勘違いしている人のことで、一般的な子育てをして
 いる人にはあてはまらない。

 そこのところを理解せずにすべてを否定する教育法に私は
 大いに疑問を感じるし、むしろ今の娘の方がよほど疲れて
 いるのを見ているので、そうならないために何をするのが
 よかったのかを今一度考えたいという思いでこのシリーズ
 を書いている。

 私はきれい事で物事を書いているわけではない。
 現実問題としてゆっくり考えてを実践していると、世の中の
 流れについていけず、処理能力の低い人という烙印を押され
 てしまうのも事実だし、それに対応できるような素早さと
 真理を追究するじっくりさを併せ持つということがいかに
 難しいかを日々実感しているからこそ、その着地点をどこに
 求めるかで試行錯誤しているのだ。

 どちらも大切だからこそ、右脳も左脳もバランスよく伸ばす
 ということを実践するべく、幼児期には右脳系、そして成長
 してきた今は左脳系を鍛えているのだ。

 具体的なことは今後ぼちぼち書いていくが、幼児期にしてお
 きたいことの2番目は、能力の芽を大切に育てるということで
 その芽は一つとは限らないため、忙しすぎるように見えること
 も時としてはあるけれど、人間の限界を幼児期のうちに決めて
 しまう必要はないと思う。

 次回は具体的にどういうおけいこごとを我が家がどんな基準
 で選んで、どのようにそれを日々実践していたかについて。
 



 動画の鳥の声に反応して負けずに
 鳴くインコがちょっと面白いなと
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個別記事の管理2013-04-11 (Thu)
 幼児期にしておきたいこと第一回

 私がなぜ早期教育をやろうと思ったのかは序章に書いた通りだが
 そのきっかけの元になった出来事は、近隣の友人特に公園のママ
 友達とのつきあいだった。

 娘はベビーカーに乗るのがきらいで、外出するのはそれは大変だ
 った。一歩出ると反っくり返って暴れ、ベビーカーの中で大泣き。
 買い物に行くのは一苦労だったので、公園に行って遊べるように
 なるのは、歩くことができるようになってからで、それまでは
 ベビーカーに乗せてお散歩がてらに日光浴して公園になんていう
 ことをしたくてもなかなかできず、ちょっとの間だけでもいいか
 らと毎日頑張ってどうにかこうにか公園に連れていってはいたも 
 のの、体力がいる抱っこばかりになって、おちおちママ友と話を
 する暇もない状態だった。

 それでも通い続けていると、自然と友達もできて、そのうち娘
 もそれほど大泣きすることなく遊べるようになった。

 それからは子供を遊ばせておいて、ママ友とは育児や習い事
 幼稚園はどうするなどの話に花が咲き、私も随分楽になって
 楽しくなった。

 丁度その頃ふらっと立ち寄ったショッピングセンター内の
 子供英会話教室に入会したのも、誰かとふれあって育児を孤独
 にしたくなかったというのが一番大きい。

 だからブログの冒頭にも書いているように、私は早期教育しよ
 うと最初から思って情報集めしていたわけではなかったのだ。

 賢い子に育てようというよりは、感性豊かで伸び伸びとした素直
 な子にという願いの方が大きかった。

 そのために何をしてやればいいかを模索している時に、出会った
 のが英語で、バイリンガルにしたいとか、中学に入る前倒しで
 勉強のような目的でなんていう考えは微塵もなく、ただ楽しそう
 な教室で他の子供達とふれあう機会を作ってやりたかった。それ
 だけだった。
 
 でも、幼児というのはすごいもので、特に言語の分野ではこちら
 が意図しなくてもどんどん吸収し、日本語がそれほどまだ話せな
 い時期だったのもあって、英語も日本語も関係なく意志疎通の
 ためには言葉が必要なので、どちらの言語も意識することなく
 自然に覚えていった。

 だから早期教育で勉強させたというのは間違いで、人間が最初に
 習得する言語というものが、たまたま二つだったということに
 過ぎない。

 これも積極的に外に出て、子供との孤独な育児に悩むことなく
 自分がアクティブだったからこそで、やはり人とのふれあいを
 この時期は大切にすることが一番かなと今ふり返ってもそう思う。

 私自身決して人づきあいが上手い方ではない。
 どちらかというと、大勢でつるむのは苦手だし、今も一人で
 買い物に行く方が気楽だと思っている。ママ友とランチをする
 時でも、4人以上いるとしんどくなるので、基本的には少人数で
 気心知れた人とこじんまりするのが好きだ。

 そんな私でも子供のためにはどうしても人の輪に入っていかな
 いといけないこともある。
 それをいやがらずにやっていたから、情報も得られた。ネット
 なんてその頃はそれほど利用されていなかったし、私の家の
 ネット環境なんて定額制でない時間で課金されるタイプだった
 上に、サイト一つ見るのにも、ジリジリと超スローに画像が
 出てくるという、今では考えられないような遅さだった。

 だからこそ生身の人間の情報が大事だった。
 
 今ではすぐにインターネットで検索なんてことになるのだろう
 けれど、便利な反面どこの誰の情報かも分からない不安や、デマ
 や誤解、偏見に基づく言いたい放題の言論など、自分がある程度
 賢くならないと信じてしまうという危険性もはらんでいる。

 だから私はあまり育児情報誌なども読まなかったし、自分の目で
 確かめて考えられないようなことは、すぐには信じず必ず遠方で
 あっても体験しにいき、納得するまで何度も通った。
 
 幼児期にしておいて損ではないことの第一は、確かな情報集め
 と、人とのコミュニケーションだと思う。

 それがあって初めて、早期教育するならどういう形で何をする
 のがいいのかということに繋がる。

 次回は英語から発展して、何かと誤解も多い幼児教材や英語教材
 の本当の使い方とその効用について。

 


 段々本題に突入していくので、今後の
 展開が楽しみだなと思われましたら
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個別記事の管理2013-04-08 (Mon)
 中学生になった娘の日々の行動や勉強は、すでに自分で考えてや
 る類のものに移行してしまっているので、私の書くことはもうあ
 まりない。

 ただ、今の娘が幼い頃に何をどれぐらいやって必ずしていたこと
 は何かなど、思い出してみると結構気をつけていたことなどが
 あるので、時々その当時をふり返り、今まだ幼稚園ぐらいの子供
 さんを持つパパママの参考になるようなことがあれば書いていこ
 うかなと思う。

 このブログは英語に偶然はまり、気づいたら英語のわかる子供に
 なっていた娘の成長記として書き始めた。だから最初からこうい
 う風にやれば必ず賢い子になるなどというような自信があったわ
 けでもなく、毎日育てるのに必死で、その中でいかに楽しく子育
 てできるかを追求していた結果、そこそこに才能を伸ばすことが
 でき、正義感や倫理感もそれなりにまともで、中学受験も経験し
 て全勝という結果で現在に至ることができた。

 結果も出ないうちに色々書くのは私としては恥ずかしくてとても
 無理だった。それにたとえ結果が出たとしても、それがすべての
 人にあてはまるわけでないこともよく理解しているので、あくま
 でも一個人がたまたまそうなりましたということで、一つの事例
 として見てもらえればそれでいいという気持ちで今後もこのブロ
 グは続いていくと思う。

 前置きが長くなったが、そういうわけで、幼児期をふり返って
 成功したなと思うことや失敗だったなと思うことを今一度整理
 して書き留めていこうと思う。

 英語に関してはもう書き尽くしている感があるので、勉強方面や
 他の才能が並行してどうやって伸びていったのかなどについて
 思い出してみることにする。

 生まれた時は、正直幼児教育をしようとは全く考えていなかった
 私が、いかにして目覚め才能を伸ばすことの大切さに気づいてい
 ったか、そこからスタートしてみようと思う。

 私は高齢出産で、いわゆるリスクがものすごく大きい年齢で娘
 を生んでいる。あまり年のことは言いたくないけれど、実際
 かなり同年齢の子供のお母さんと比べると年上だと思う。

 色々事情があったのでそうなったのだが、私自身は若いつもりで
 いたので、そんなことはそれほどハンディとは思わず、多くの若
 いお母さん方と交流し、積極的に遊んで地域を大事にしていたの
 は間違いない。

 家で幼児教育にいそしんであまり人づきあいをしなかったとか、
 同じような教育熱心な人としかつきあわなかったとか、そういう
 ことは全くなかった。これは今も私の自慢の一つだ。

 これがあったからこそ、バランス感覚を持てるようになったとも
 言える。もし同じような環境の人としかつきあっていなかったら
 偏狭な学力至上主義のような人物になっていたかもしれない。

 もちろん学力は伸びるのに越したことはなく、私の持論でもある
 学力テストこそ一番公平なものだという考えも変わっていないの
 で、人の主観や色眼鏡で評価が変わるような不透明なことが起き
 るぐらいなら、学力できちっと勝負するという考えの方がすっき
 りする。

 ただこれはあくまでも学力の世界で勝負するという場合で、人生
 はそれだけではないし、幸せの尺度は人によって違うので、大学
 合格を目標にするなら、学力至上主義でも構わないけれど、そう
 世の中単純ではないので、それ以外の様々な可能性を考慮すると
 才能の引き出しは多ければ多いほどいいということになり、それ
 が私を幼児教育へと踏み出させた一歩かもしれない。

 ということで、次回は幼児教育のきっかけとなった公園ママの
 話について。




 このシリーズは毎回継続ではなく
 時々単発的に書くことになりそうなので
 次回が次の記事とは限らないことをご了承
 下さい。いや実は前科がありまして、途中で
 放置した中国旅行記・・・あれはどうなって
 いるんやというお叱りがありそうで怖い・・・
 なるべくこのシリーズは続けていきたいと思う
 けれど大きな声で宣言できないまめっちママに
 励まし応援よろしくお願いします。
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個別記事の管理2013-04-07 (Sun)
 我が家はバラエティー番組などはほとんど見ないので、あまり
 テレビそのものをつけることが少ないのだけれど、そんな中で
 毎回必ず見る番組がある。

 それは恒例の外国人が日本の歌を歌いナンバーワンを決める
 番組で、年々レベルが上がっている気がして、今年もすごい戦
 いが繰り広げられた。

 歴代優勝者を3人も含んだ今大会も大接戦で、予選通過しなか
 った人でも、それは素晴らしく感動ものだった。

 私の大のお気に入りの元チャンピオンのクリスも決勝まで残っ
 てまたしても惜しくも二位になってしまったが、もう甲乙つけ
 難く素晴らしすぎて誰が優勝してもいいよというぐらいだった。

 大好きな日本の歌を歌うために猛勉強して日本語検定一級に合格
 した人もいるし、みんな日本をこよなく愛し、日本語の勉強を
 とても頑張っている人達ばかりだ。

 交換留学生として来日したり、日本企業に就職していたり、夢
 をかなえるべく頑張る姿に歌だけではなく感動を覚える。

 娘なんか日本語検定三級に不合格だったのに、外国人が一級
 合格って素晴らしすぎる。(というか娘が不甲斐ないだけ・・)

 何がしたいか、どうして日本語を学びたいのかという目的意識
 がはっきりしているからこそだなと思う。

 短い時間で大人になってからでも学べるという事例がこんなにも
 たくさんあると、正直幼児期にバイリンガルになる意味はほとん
 ど見いだせなくなってくる。

 もちろんなってしまうと後々楽ではあるが、うちみたいにそれ
 で安心してさぼりまくるという子も出てくるわけで、そうなる
 ぐらいなら何か英語がどうしてもできなかったら困るのだとい
 うようなシチュエーションに遭遇し、そこで目覚めて本気で
 勉強しようと思いたつ方がましな気もしてくる。

 これは極端な話なので、実際は少しずつでも英語の下地を作り
 続けていくことは、大人になってからいらぬ苦労をしなくても
 済むというメリットもあるので、やはりやって損はないという
 ことなのだけれど・・・・

 ただ、娘にはこんなに努力している人がいるのだよということを
 見せ、幼児期に何となくいつのまにかそれほど勉強したという
 記憶もないまま、英語がわかるようになっていたなんていうこと
 では、これからはだめなんだということを肝に銘じてほしい。

 うちが早期教育にそれほど大賛成でないのは、楽して物事を
 学んでしまったら、どうやって努力していくかがわからなく
 なることを警戒しているからで、実際語学はその傾向が一番
 出る分野だと思う。

 子供がどんな風になるかは小さい頃にはわからないので、今
 自我がはっきり出てきて、やりたいこととやりたくないことを
 きちっと主張する年齢になったから、早期教育で得たメリット
 やデメリットを身に染みて実感するようになった。

 本当に先を歩くのは大変だ。
 失敗も成功も自分が最初なので、当たればもうけものという感
 がしないでもなく、今後も学力と英語の関係がどうなるのかな
 ど、未知の部分が多く、これでいいのかどうかもわからない。

 ただ、やってみないと何事も進まないし、とりあえずはやって
 みて、ダメならひくそのタイミングだけは間違えないように
 しようと思う。



 
 日本の歌ってこんなにもいい曲が
 多かったんだと今更のように感じて
 日本人でよかったなと思ってしまった
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個別記事の管理2013-04-05 (Fri)
 タイトル通りで、娘はいつも前日深夜まで必死の思いで宿題を
 やって何とか切り抜けるというタイプで、今年もそうなるのか
 と思いきや、何とすでに宿題が終わったとのこと。

 奇跡に近い状態で、こんなゆったりとした週末は今まで見たこ
 とがない。

 あと一問というところでも、休憩してそのままにしておくタイプ
 なので、なんできりのいいところまでやりきって休憩しないかな
 と、毎回思っていた。

 それがこの奇跡!

 当たり前のことなのにこれだけ驚かれるのもどうかと思うけれど
 それぐらい普段娘は危機意識が皆無で、定期テストでも次の日が
 やばい状態でも、眠い時は眠い、仕方無い。となる根性無しなの
 で、こういうことは天変地異ぐらいすごいことなのだ。

 英語の作文には去年は読書をたくさんしましたなんていう嘘を 
 書いてはいたが、英作文はそれなりに娘らしい英語センスで
 書かれていて、まあそれはそれでいいでしょう。

 ゆったりパソコンしたり、イラストを描いたり、まったりすごす
 のも悪くはない。勉強ばかりして春休みが終わったなんていうの
 では寂しすぎる。

 無駄な時間も人間には必要だし、美術や音楽は情操教育にもいい
 はずなので、そういうものを楽しむのは大いに結構かなと思う。

 がむしゃらにガリ勉したり、ドリルを次々するだけでは、面白み
 のない人間になりそうだし、ここぞとばかりに色々やらされるの
 も、子供にしてみればいい迷惑でしょ。

 勉強が好きと言っても、体を動かしたり音楽を聴いたり絵を描い
 たりすることだって重要な教育のはずなので、バランス良く時間
 を使いたいと思う。

 ペットとまったりすごすもよし。ショッピングしたり友達と
 思い切り遊んだりするのも、健全な子供なら普通にあっていいこ
 とだとうちでは思っている。

 もっとこういう時間のある時に勉強しておきなさいよという気持
 ちも全くないわけではないけれど、くつろいでいると親はすぐに
 何かすることないの?勉強大丈夫なんて言ってしまうもので、
 そういう心の余裕のない生活は、できたらしたくないと思う。

 もちろん受験生ならそんなことも言ってられないのだろうけれど
 まだ中学生なので、今はもう少し様々な経験をさせて、もう十分
 遊んだし、納得できたわという状態で大学受験は迎えさせてやり
 たいと思う。

 本音では古文の勉強とかをもう少し娘とじっくりやりたかった
 けれど、私の生徒で今度高校二年生になる子がいるのだが、
 ほとんど古文などは手つかずの状態で、習ったはずのものは
 すっかり抜け落ち、基礎の基礎もできていないようなので、
 多くは国語なんていう科目に関してはそんな程度なのだと思う。
 普段から国語まで勉強をちゃんとしている高校生なんていうの
 はまれだし、何となく感覚で解いて特に勉強なんてしたことな
 いという子の方が多いのだから。

 それではだめなのだけれど、実際他の科目で手が一杯で国語
 どころではないのが現実だ。

 そういう科目を教えていると、何とか早いうちに頑張っておけ
 ば、もっと国語力はアップするのになというもどかしさみたい
 なものを感じる。

 英語や数学はメイン教科としてみんなそれなりにやるので、
 もし国語が得意になって、得点源になれば、もっと楽になるの
 になという気持ちがあるので、娘にはそれを何とかしてやりた
 いと思うのだ。

 でも、なかなか上手くはいかないもので、時間を作って塾の授業
 のようにでもしないと、そういうことは実現しそうもない。

 何曜日のこの時間一時間は、古文の読解と現代文の問題演習を
 やっていく・・・これができたらどれだけいいか!

 英語も同じことが言えるのだが、両親が先生であっても、これ
 ばかりは難しいのだ。

 この問題集をこつこつ進めて行き、単語を今から覚えていけば
 鬼に金棒になるのになあ・・・・・勿体ない・・・・
 なんてことを心で思いながらも、人間として大事な感性を磨く
 ということの方が大切だと思うので、あえて勉強を張り付いて
 させることはしないつもりだ。

 娘が自分から教えてほしい、もっと得意になりたいと願ってく
 れるようにひそかに面白そうな本を買って置くぐらいしかでき
 ない。

 でも、この間何も言わないのに、私が買っておいておいた
 大学受験用の古典常識の本を取り出して読んでいたのを発見
 したので、まんざらでもないのだろう。

 漫画が多いからというのもあるが、そういうもので基礎知識を
 学んでその世界にすっと入っていけたら、好きになって勉強も
 はかどるだろうから、今は種まきをしておけばいいと思うこと
 にしている。

 私が好きになったきっかけも先生が面白い話をしてくれて
 授業がわかりやすかったから、それで古文を頑張ろうと思うよ
 うになったからで、それまでは先生の話癖ばかりチェックして
 いて、「ねっ」を授業中何回言ったとか、そんなことを友達
 と話していただけのお馬鹿さんだったのだ。

 人間はきっかけで変わるので、娘も自発的に参考書を読むぐら
 いになればもうけものだ。

 



 今年は週三回の丁度良い授業のコマ数で、
 その分娘の質問タイムをとったり、体力
 作りなんかをしていこうかなと思う。
 インコはもう一羽飼いたいけれど、う〜ん
 悩むなあ・・・・・あまり深刻な悩みも
 ないのが有り難いことだと思うまめっちママ
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