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子供の可能性を最大限に引き出そう


個別記事の管理2013-09-10 (Tue)
 唐突に以前の記事の続きになる悪いくせがあるまめっちママです。
 幼児期にしておきたいことシリーズ第十四回

 そんなものあったかいなという方のために、こちらを参照

 カテゴリーから入ると、すべての分が読めます。

 さて、今回はおもちゃについて。

 こら〜!前回、次は運動面についてと書いたやないかという
 お叱りもあるかと思うけれど、記事内容は突然変更になることが
 多々あることをご了承下さい。ちょっとだけ運動もかすっている
 かも・・・・・・
 
 で、おもちゃについて。

 私は実は大の整理魔で、家が片付いていないと、いらっとして
 くるタイプだ。インテリア雑誌を眺めて、美しい収納とか家具
 とかを研究するのが趣味で、今もよく家の中をいじり回して
 リフォームもどきを繰り返している。

 そのせいで子供のおもちゃも極力少なくなんていう全く自己中な
 理由で、最初からあまりたくさんの物を買わなかった。
 もちろんそれだけが理由ではないし、実際娘と遊んでいる時に
 使うものは、たわいもないものばかりで、おもちゃがなくても
 十分遊べるのだということがわかったというのが、一番の理由
 だけれど・・・・

 外遊びが何よりも好きな娘には、砂遊びセットや、縄跳び、ホッ
 ピングなどのおもちゃがあれば、それでよかった。

 

 バットやボール、自転車、外で飛ばせるUFO型の風船など、確か
 テレビショッピングで流行って、娘がそれを目を輝かせてほしが
 ったからで、そういうものをおもちゃとして与えていた。

 室内用では、レインボーアートという絵を描くキットなどが
 娘の好みにどんぴしゃで、いわゆるゲームだとか、人形だとか、
 ごっこ遊び系はほしがらなかった。

 

 ままごとの野菜とか食べ物だけは、英語の教材を買った時に
 ついてきたので、やっていたが、ままごと遊びといっても、い
 つもご飯を作るだけで、相手がいて、お母さん役とか子供役にな
 るとか、そういうのは一切しない子だった。そんな娘だったが、
 なべに色々なものを入れて、かき混ぜて、私の所に持ってくるの
 がかわいかった。
 (バナナやリンゴが直接なべに入っていたけど・・・・)

 ブロックも大好きで、少ないパーツで色々作って写真にとって
 得意げになっている娘を今も思い出す。レゴのような本格的な
 ものではなく、本当にもっと大雑把なブロックで、よくそんなも
 ので作れるなというぐらいの寂しいパーツしかなかったのに、
 飽きもせず、それで満足して工夫して掃除機や一輪車などを
 自分流に作っていた。

 別に私はおもちゃは買わない主義というわけではない。
 たまにおもちゃは一切買わず、本しかプレゼントしないという
 家庭もあるが、そこまで徹底していたわけではなく、何となく
 あまりおもちゃ屋へ行かなかったから、ほしがらずにすんだと
 いう消極的な理由だ。

 よく言えば、少ないものでどれだけ工夫できるかということを
 実践していたと言えるのではないか。
 (単にケチだっただけかも・・・)

 本は寝る前にたくさん読んでいたので、シリーズで揃えたけれど
 何度も何度も聞きたがり、次から次へと新しいお話を読むという
 わけではなかった。その傾向はずっと続いていたので、意外と
 飽き性ではなかったようだ。

 むしろこだわりがあるタイプだと言えるのではないか。

 反対にお友達の家に行くと、おもちゃがたくさんあって、おも
 ちゃ部屋などというものもあったりし、自由に好きな物で遊べ
 る素敵な空間が広がっていた。

 お母さんがオモチャ好きで、おもちゃがあるだけで楽しいのよと
 言っておられたのが印象的だった。

 その部屋の中は夢空間で、自由にそれこそ散らかしても大丈夫で
 絵を床一杯に広げて描いたり、滑り台があったり、楽しそうだな
 と思った。だからおもちゃが少ないからいいとは決して思わなか
 った。ああこういうのも子供の健全な発達にはいいんだと感心し
 たもので、自分の家では、オモチャ部屋を作るのは無理だったけ
 れど、子供が気兼ねせずに暴れたり遊んだりできる空間を提供で
 きるって、素敵だなと思ったものだ。

 だから、娘はおもちゃをほしがりはしなかったが、時々児童館
 のような所に連れていって、友達とバランスボールに乗ったり、
 たくさんのカラーボールのプールで遊ばせたり、段違いの階段
 を上り下りするような遊具などが置いてある所で、週に一度は
 騒いでもはしゃいでもいい時間を設けた。

 もちろんあまりにも迷惑行為、例えば遊具を占領するとか
 他の子供を押しのけるとか、喧嘩するなど、そういことは親が
 しっかり監視しないといけなかったが、基本的に自由に子供達が
 遊ぶのを眺めて、親も子育て談議に花を咲かせることができた。

 だから私は何度も言うが、子育てがとても楽しかったのだ。
 旦那の協力があまり得られなくても、この子育ての貴重な体験
 は積極的にやった方が絶対に人生が楽しいと思ったのだ。

 子供が生まれてみないとわからないことはたくさんある。
 でも、トライして見ると、どれもおもしろいことばかりで、育て
 にくい子でも、晴れない霧はないのだから、そのうちに手がかか
 らなくなり、懐かしい思い出となるものだ。

 今となっては、ごった煮のなべを持って、私の所に食べてと言い
 に来ていた頃が、一番輝いていたと思えるのだ。
 


 
 
 i phone のバイブレーション機能で、好きな
 パターンを作れるということを知って
 「チョコボのテーマ」で作ってみたところ、
 娘から「なんかむかつくから、やめて」と
 言われ、めっちゃへこんだまめっちママに
 励まし応援よろしくお願いします。
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個別記事の管理2013-06-07 (Fri)
 幼児期にしておきたいこと第十三回 

 もう終わったと思っていたこのシリーズ。ちょっと思い出した
 ことがあるので、書いておこうと思う。

 というか、実は先日娘がまたしても弁当箱を置き忘れ、それが
 電車の中だったため、終着駅の忘れ物センターに届けられてしま
 った。取りにいくのが面倒ということで、ちゃっかり着払いで家
 に送り届けてきたという呆れるような事件があった。

 こういう時、娘は頭が回る。中学生ぐらいなら当たり前かもしれ
 ないが、普段大人しく物をあまり言えない娘が、意外と冷静に何
 事も対処して、必要最小限のことは話せるのだ。

 こういう機転?(といっていいのか)は昔からできた子だった。
 一つはうちではルールがあって、
 危険なことはしない。
 卑怯な根性無しのことはしない。
 むやみに泣かない。
 この三つだけは言い聞かせてきたからで、特に安全面では、繰り
 返し場面を想定してどう対処するか教えてきた。

 そのせいかどうかはわからないが、あんなにいつもは忘れ物をす
 る注意力欠陥の娘が、帰宅時にはいつもものすごく注意を払って
 いるから笑える。

 例えば家に入る時、その少し前から後ろに人がいないかどうかを
 確かめ、もし誰かが歩いていたとしたら、家の前を通りすぎて、
 すぐには入らない。(家を突き止められるのを防ぐため)
 鍵をあけてもまずはドアの影に一旦隠れ、様子をうかがい、イン
 コが鳴いているかを確認する。元気な声が聞こえたら、ひとまず
 中に入るが、そこでもドアはしめない。もちろん後ろを確認して
 後をつけられていないという事を確認してからの話だ。
 
 一緒に鍵を開けた瞬間ドアの中に入り込まれてというのが怖いか
 らで、その用心をまずしている。そして更にリビングのドアを開
 ける前に陰に隠れて待ち伏せがないかどうかを確認するため、開
 けても死角になる位置にいて、それからしか入らない。

 そこまでしているらしい。これにはびっくりしたが、自分でそれ
 らを考えて行動しているのは驚いた。そこまでは教えてこなかっ
 たので、今までの危機管理意識が大きくなって、更にパワーアッ
 プしたのだろう。いつも注意力ゼロで、どうにもこうにもひどい
 娘が、そこだけは異常にこだわって、細心の注意を払っている。

 ちゃんと考えて行動しているところを見ると、意外としっかりし
 た子に育ったようだ。
 (そうとも言えないところもあるけれど・・・)
 最近は、うちではネット関係の危機管理を教えている。
 怪しいメールを開けないことや、SNSの使い方など、もっとも
 SNS系は一応禁止にしている。LINEもアメーバピグも基本的に
 きちんと使えば問題ないのだが、そういう要素を含んでいるし、
 顔の見えない世界のことは、いくら注意してもこちらの想定外な
 ことが起きる可能性があるからだ。

 漫画やアニメやゲームに寛容なうちが、そこだけは厳しいのは、
 自己管理だけで済まない他者との関わりがあるからで、自分が
 責任を一人で負えるものは基本的にOKで、自分の努力や注意だけ
 では防げない不特定多数の人間が関与する可能性のあることは、
 娘のようなまだ中学生には社会経験が乏しいため、適切な判断が
 できないだろうということで、甘い我が家で唯一の禁止事項に
 なっている。

 だからゲームでもオンラインはアウトだ。
 うちのルールはいつもそこが基本なので、成績だけでゲームや
 パソコンが禁止とか、そういうことは極力避けている。

 もちろんやり過ぎて勉強が疎かになっている時は、そういう措置
 も発動されることがあるけれど、勉強さえできていれば何も心配
 しないという親にはなりたくないのだ。

 女の子なので、過保護に多少なっている面は否めないが、ストー
 カー被害などもあることから、注意するのに越したことはない。

 こうして見てみると、幼児期に家の三大ルールを決めていたから、
 それが大きくなってからも自分で判断する基本の考え方になって
 いるのは間違いないだろう。

 本当に必要な規制と過保護、過干渉は紙一重なので、自分への戒
 めも込めて、今一度考えたいと思う。



 
 規制、過干渉、自由を考えるきっかけになった
 映画「図書館戦争」を娘にも是非見せたいと
 思ったまめっちママに応援よろしくお願いします
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* by kirara
こんにちは♪

この間、息子の漢字の短文作りにコメントいただいたkiraraです^^

娘さんの、帰宅の時の慎重さが、学生の頃の私と一緒だったので、笑ってしまいました~。

私も、家までの最後の直線になってからは、
常に後ろに人がいるかを気にしていました。
そして、同じように、誰かが居た場合は家を通り過ぎて、ぐるりと一周遠回りしたりしてたのを思い出しました(笑)



kirara様へ * by まめっちママ
kiraraさんも慎重派だったのですね。
それぐらい注意していないと昨今は物騒ですものね。
用心深いことは悪いことじゃないですよね。冷静に
行動できるということは大切です。
うちの母はすぐにパニックになるタイプなので、そこが
似なくてよかったなと思ってます。(笑)

個別記事の管理2013-05-05 (Sun)
 幼児期にしておきたいこと第十二回

 コメントを頂いて楽しみにしているという励ましの言葉で、調子
 に乗ってもう少し書いてみようと思う。

 今回は毎日力を入れていたことは何ですか?という質問があった
 ので、それについて。

 毎日一番力を入れていたことは、実は公園に必ず行くこと。
 夏の暑い日でも、根性で朝と晩二回行ったこともある。

 基本的にはうちの仕事の都合上、朝は無理なので、夕方から繰り
 出すことになるのだが、幼児の公園遊びは大抵が午前中なので、
 友達作りが難しかった。でも、行ける時に顔を出し、そのうち
 夕方も来る人がいることに気づき、夕方集中して毎日公園に連れ
 て行って顔見知りを増やしていくうちに、仲間が増えて夏場は
 日が落ちるのが遅いので、7時頃まで遊んで、家に戻ってきて
 そこからご飯を食べ、知恵、文字、数のプリントを一枚ずつやっ
 て、やっている間に英語をかけ流し、それがすんだらお風呂に
 入り、絵本を布団に持って入り、9時半までには遅くとも眠るよ
 うにした。絵本は昔話が定番だった。
 たまに娘が寝付かず、10時になることもあったが、規則正しく
 9時から9時半の間に寝るようにだけは仕向けていた。

 だから旦那が11時ぐらいに帰って来ると、娘は寝ていて会えな
 いなんていう日が多かったので、半分冗談に母子家庭だなんて
 言っていたものだ。

 3才半になるまでは、私と娘の二人だけで過ごす時間が長かった
 ので、私が掃除や炊事をしている間は、何とか英語のビデオを
 見てもらったり、ブロック遊びをしたり、時には勝手に朝一人で
 知恵、文字、数のドリルをやってしまっていたこともあった。

 そういう時は、午後からは思い切り遊ぶ時間で、公園に行くま
 でに夕飯を作ってしまい、それから夕方4時ぐらいにみんなが
 公園に再び出てくる時間まで自由に私と工作などをしていた。

 習い事は3才までは英会話のみで、その後七田式の幼児教室
 ダンス、ピアノなどをやらせてみた。

 3才半でプリスクールに入園してからは、幼児教室一回とピアノ
 そしてスイミングスクールに通い出したので、公園遊びは日曜
 になって、時々しか夕方も公園には行けなくなった。

 でも、生まれてからかかさずやってきたことは、毎日短い時間
 でもいいから外へ出るということで、うちのお隣には同じぐら 
 いのお子さんがいたけれど、お母さんが出不精で、公園には
 来ない人だったので、うちの娘と遊ぶことはなかった。それは
 とても残念なことだけれど、そもそも教育方針も違う家庭だった
 し、お隣だからといって必ずしも仲良く遊べるとは限らないの
 だということを知った。

 次にうちが毎日力を入れていたことと言えば、歩くこと。
 というか実は私は車の運転ができず、今時珍しいのだが、徒歩
 と電車ばかりで、子供もそれにあわせてお出かけはいつも電車
 だった。幼稚園も基本的に電車と徒歩。ベビーカーは2才ぐらい
 で終わりだったので、その後はひたすら歩くのみ。

 たまに大雨の時に友人が車に乗せてくれたこともあるけれど、
 基本的に自力で歩いて通ったので、これは忍耐をつける上で有効
 だった気がする。

 時折あまりに混んでいる電車内で疲れた娘が座りたいなんて言う
 こともあったけれど、地べたにひっくり返って泣きわめいて駄々
 をこねるようなことはなかった。

 最初から忍耐をつけていれば、我慢もできるようになるので、
 いつも楽ばかりさせないことも大切かなと思う。

 交通事情もあるので一概には言えないし、荷物が多くて子供が
 二人以上の場合、更に自分一人で買い物なんていう時はもちろん
 この類ではないけれど、うちのように一人っ子で、交通網が比較
 的発達している地域に住んでいる場合は、できるだけ歩きと電車
 でおでかけするのも悪くないと思う。

 電車で移動するメリットは、席をゆずることや公共の場での礼儀
 作法を教えることができるという点で、社会勉強と考えると、こ
 ういうことはとても大切だと思う。

 もちろん子供がどうにも言うことを聞いてくれず、騒いだり泣い
 たり、抱っこをせがんだりしてぐずることはあるので、いつも
 上手く行くわけではないけれど・・・うちも実際娘が抱っこを
 せがみ、手がしびれてどうにもならないぐらい辛かったことも
 一度や二度ではない。そんな時でも誰も席を替わってくれない
 なんてこともしょっちゅうだった。更に最寄り駅にはエレベー
 ターがなく、いつも階段をベビーカーを持って上り下りしてい
 たのだから、相当子育て環境は厳しかった。エスカレーターが
 あっても、ベビーカーで降りるのは危険なので、一度ベビーカ
 ーがひっかかって、娘が降り口で転落したこともある。
 今はかなり改善されて、デパートでもベビーカーをたたまず
 平気でエレベーターに乗ってきても、周りの目も優しくなったし
 優先的にベビーカーをそのまま乗せてくれるような環境もできて
 随分世の中変わったなと思う。
 ほんの少しの間に世の中は子育てに優しくなったのは間違いない。
 
 でも、あまり整っていない環境の中でも、電車だからこそできた
 こともある。車を自分で運転していたら、子供と一緒に絵本を読
 みながらや、あやとりをしながらおでかけなんて難しかったかも
 しれない。道中に色々なことができて、社会勉強もできたとプラ
 ス思考でいたからこそ、子育てが辛いとは思わなかったのだ。

 ということで、私は意外と子育てで悩んだりはしなかった。
 自分でも驚くほど寛容なママをやっていたなと思う。今の方が
 よほどうるさいお母さんになっている気がする。
 それは娘がすでにちゃんと物事をわかる年齢になって、屁理屈
 言ったり、反抗期になっているからで、相手がわかってやって
 いるゆえに本気で喧嘩してしまうということで、それだけ娘が
 成長したという証しなのだけれど・・・・

 さて次回は運動面でどういうことに力を入れていたかについて
 少し書いてみようと思う。
 (もういいわと言わずにおつきあいください)



 
 難波グランド花月に行ってきた。
 地方からたくさんの人が来ていて
 吉本もメジャーになったものだと
 感心した。
 笑うことは大事だなとつくづく思った
 まめっちママに応援よろしくお願いします
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ご丁寧な返信ありがとうございます * by うさまま
まめっちママさんの返答は、私の中ではちょっとした採点?のような気持ちでした。まめっちママさんが全て正しいと、思っているわけではありませんが、もし共通してることがあれば、嬉しいなと思っておりました。

なので今回の記事は、私の答案用紙では花丸!でした(笑)
私も毎日公園に行くように心がけております。公園までは往復30キロもありますが、毎日車に乗ってでかけてます。遠いので1日1回ですが、とにかく外へ出るようにしてます。
しかし公園に行ってもいつも誰もおらず、近辺車で公園巡りしましたが、子どもは誰もいません。子どもとの遊びが目的だったので残念ですが、それでもしつこく通っています。

海外に住んでいるので、帰国した時は交通機関を出来るだけ使おうといつも思っております。電車やバスのないところで住んでいますので、その機会を逃したら、もう乗れません。。。。

まめっちママさんも、同じように思われたんだと思うと、とても嬉しかったです。次の運動編とっても楽しみにしております。

うさまま様へ * by まめっちママ
花丸答案ですか。そう言ってもらえるとうれしいです。
私はどちらかというと、娘が小さい時は、計画的に何事も
やっていたというわけではなく、とにかくできることを
一生懸命やっただけという感じで、こうしてああして賢く
してなんていうのは実はあまりなかったのです。
でも、何というか、人間として当たり前のことをちゃんと
教えていこうという気持ちだけは持っていて、子供が子供
らしく生きることは一番大切かなというそこだけでやって
きた気がします。だから遊びはとても大切なことだったし
何でも利害をからめて考えるのは好きじゃなかったので
何か生きていて後生に残せるような物を作り出したり、あみ
出したりすることの方がわくわくするというか、そういう
気持ちがあったので、私の母親みたいに固い道を選んで
無難に生きることを娘には小さいうちから教えたくなかった
んですよね。そこが子育ての根本にあるので、できるだけ
楽しく自由にそれでいてその時にしかできないようなこと
をやりたいなと思ってやっていたら、今みたいな形になった
という感じです。
人それぞれで、どれが正しいかは言えないと思いますし
子供によっても違うので、うちのやり方がすべていいわけ
もなく、どこか何か参考になるようなことがあれば、とり
いれてもらうぐらいの程度でいいのだと思います。
みんな同じだったら、それこそ気持ち悪いですしね。(笑)
教祖でも何でもない私は、たまたまこうなったというだけ
の普通の一母親にすぎません。それでもこうして読んでく
ださって応援してくださる方もいるということは、それだけ
でとてもうれしいです。

個別記事の管理2013-05-02 (Thu)
 幼児期にしておきたいこと第十一回 

 中一回休んで再開。賢い子を作るのは、何も先取りや音楽だけ
 ではない。
 何かと危ないことをしたがる幼児期は、将来賢い子になるかも
 しれない可能性を伸ばす大切な時期なので、そこで危険なことを
 万一やって怪我でもさせたら大変と、時には過保護とも言える
 過剰な先回りを親がしてしまうこともある。

 私の母親がそうだった。とにかく危ないからと言って、何もさせ
 ず、幼児が色々やるとかえって仕事が増えるのをいやがったので、
 私はあまり手先が器用な子ではなかった。
 娘にはそういう風になってほしくなかったし、私と違ってそんな
 に大人しい子じゃなかったというのもあって、よほどの危険でな
 い限りは、親の目のあるところで色々させてきた。
 ただし赤ちゃん時代の誤飲だけは、命にかかわわるので、きちん
 と目のつかないところへ片付け、その辺に何でも置いたりはしな
 かったけれど・・・・うちはタバコは誰も吸わないから、それを
 食べる心配はなかったし、殺虫成分の入ったごきぶり団子などは
 基本的に買わなかったし、とにかくその辺が散らかっているのが
 嫌いな私は、そういう危険物はそもそも置きっぱなしにすること
 がなかったので、あまりそれに関しては心配はなかった。

 ただ、日常的に使う物で危険度が高いハサミや包丁、これは片付
 けておくことももちろんできるけれど、キッチンに出しっ放しと
 いうことは結構多いし、すぐに使うものなのにいつもしまい込ん
 でしまうのは確かに面倒だ。

 私は整理魔だったのでハサミの置きっぱなしはなかったけれど
 包丁は水切りに置いておくことも多かった。

 子供は小さい頃は、何でも興味を示しさわりたがるので、包丁で
 材料を切りたがるし、ハサミで何かをちょきちょきして創作しよ
 うとする。

 それを危ないと取り上げてしまうのは簡単だけれど、うちでは早
 くからハサミを持たせていた。これは手先を使うことで脳の活性
 化が進むということもあったし、ちゃんと教えることで、正しく
 何でも使えるようにすることの方が、本来子供のためだと思った
 からだ。この考え方は他の分野でも同じで、テレビやゲームを遠
 ざけることより、あるという前提で、どう上手に利用するかを考
 えた。

 いくら隠しても制限しても限界があるので、それなら最初から
 ちゃんとどういう利用がよくて何がいけないのかをはっきりさ
 せようと思ったのだ。

 ハサミもどうやって持つかから始まり、人への渡し方も教え
 お箸の持ち方もちゃんと最初から先割れスプーンなどで安易に
 食べることを教えず、できるだけ箸でつかめるように、豆や
 ビーズ、おはじきをつかむ練習をした。

 大人でも箸の持ち方がおかしい人が山ほどいるのを見ているの
 で、子供も恐らくそういう家庭では正しくは持てないだろうか
 ら、まずは自分が持てない場合は、そこから直していく必要が
 あるのではないかと思う。
 どう持っても食べられるからいいという意見もあるし、この
 持ち方でないと無理なんていう人ももちろんいるだろうけれど
 できたら美しく持てる方がいい。

 幸い、うちでは箸の持ち方は普通にできるので、娘もおかしな
 握り箸とかにはなっていない。
 指先を使うことは特にうちでは重視した幼児教育の一つだった
 から、そろばんも、箸つかみも、編み物もビーズも細かい作業
 をするようなことは何でも積極的にやってきた。

 だからあやとりも娘は得意だし、私といつも電車であやとりを
 しながらお稽古事に通っていたものだ。手品とか、一人あやとり
 とか、色々私がやって見せて、娘はそれを真似して段々スピード
 も早く自由自在に糸を操ることができるようになっていった。

 ハサミも小さい頃から上手に使っていたと思う。
 折り紙なども小さく小さく作る練習をしていたので、指先は
 それなりに器用だったのではないだろうか。

 そのせいかどうかわからないが、お着替えのボタン、これは
 幼児にはとても難しいけれど、一人で黙々とボタンをはめよう
 としていて、根気のない娘がそれを必死で投げ出さずにやって
 いるのを見た時は、ちょっと感動した。

 なんだそんなことと思うかもしれないが、すぐにできないと
 投げ出す子、道端でだだをこねてひっくり返って暴れる子・・・
 我慢ができないのも幼児の特徴なので、頑張ってついにボタンを
 はめられるようになった娘の顔はとても誇らしげだったのを
 覚えている。
 
 こういった日常生活のちょっとしたことも、能力を伸ばすこと
 に関係していると私は思っている。

 頭を使う、手足を上手に動かす、みんな連動している。
 だからバランスが大切なので、何かに偏ってしまったり、極端
 な制限をしたりするのは、基本的には我が家ではしなかった。

 自由度が高い家というのは、今も娘の一番誇る我が家の特徴なの
 だが、単に甘いというのではなく、世の中に無駄なものは何もな
 いという考えの元、将来何かの原動力になりそうなことは制限
 しないという方向で進んできた結果そうなった。


 もちろん何でも自由というのではない。
 おもちゃだって何でも買って与えたわけではないし、テレビも
 見放題だったわけじゃない。ただ、テレビを見せないというよ
 り、娘自身がそれより楽しいことをたくさん持っていたから、
 見たいと言わなかった・・・それだけだ。

 そういう風に規制しなくても自然に好きな物がテレビやゲーム
 ではなくなるようにすることは可能だと思う。

 うちでは私が娘の前で「ドラクエ」なんてやっていたことも
 あるけれど、娘はちらっと画面を見ただけで、別に座りこん
 でやりたがることもないし、せっせと自分の好きな工作に励み
 アートの世界で生きていた。

 たまにそれ誰?なんてキャラクターの名前を聞いたりすること
 もあったけれど、基本的に自分は他のことを楽しんでいたので
 ゲームの影響はほとんどなかった。

 ただ、びっくりしたことは、そんなちらっとしか見たことない
 キャラクターの特徴や何をしていたかを今も正確に覚えている
 ということだ。

 幼児の記憶力はあてにならないとも言うが、詳細にシーンを
 覚えていることもあるのだということは興味深い。

 証言能力が低いと言われる幼児でも、場面を再現する力はある
 ということで、英語も小さい頃にやっただけでは忘れるから
 無駄という人もいるが、記憶を取り出せないだけで、きっかけ
 があれば思い出すことも十分可能なのだと思う。

 発音が妙に中学英語をやり始めてよかったとか・・・・
 やり直し英語がすぐに上達したりとか・・・・・
 すべては幼児期に培ってきたものが土台になっている気がする。

 検証したわけではないし、推測にすぎないことだけれど、少な
 くとも無駄なことはほとんどないという持論は変わらない。



 次回は(まだあるのか?)
 どういう展開になるかは未定だが、
 思い出すことがあれば書くかもしれない・・・
 何かここが聞きたいということがある方は
 応援クリックとコメントで要望などを書いて
 頂くと有り難いです(厚かましくお願いしてみた)
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初めまして * by うさまま
いつも楽しくブログ読ませてもらっています。
今回のシリーズとってもおもしろいです!!
毎日更新されてるか、わくわくしながらチェックしてます。

私の娘はまだ2歳です。現在早期教育まっただ中です。
ですので、まめっちママさんが感じたこと、気をつけていた事等、大変参考にさせていただいてます。
私も体を動かすこと、楽しめることを基本に、早期教育をしておりますので、ペースでいうと、かなりのんびりとしております。まったくそれで焦ってはいませんが、時間を有効に使えていないような気もしております。遊びの中に、私のしたい働きかけを、いかに楽しく取り込めるか、毎日の課題です。
まめっちママさんは、日々どのように過ごされていましたか?
毎日これだけはする!と決めたことなど、ありましたか?
運動では何に力を入れておられましたか?
イヤイヤ期はどのように乗り越えられましたか?
もし宜しければ、教えていただけると嬉しいです。

娘さんの学校生活、そしてまめっちママのがんばり等
これからもとっても楽しみにしています。

うさまま様へ * by まめっちママ
しつこいシリーズにもかかわらず、楽しみにしていて
くださってありがとうございます。
時々連載的に色々なシリーズが登場しますが、基本的には
英語に関しての記事が今までは多かったのですが、今後は
幼児期から今までの軌跡をふり返って、学力と早期教育の
関係などを見直してみたいなと思って書いています。

さて、お尋ねの件ですが、コメント欄では長くなって
読みづらいと思いますので、記事の中で書いていきますね。
とりあえずは毎日これだけはやると決めたことなどについて
思い出してみます。最近物忘れがひどくて、あの名前何だ
ったかなと悩んで思い出せないままとかになるので、頭を
活性化するためにも頑張ってみます。

個別記事の管理2013-04-25 (Thu)
 幼児期にしておきたいこと第十回

 できるだけ自然体で不自然な制限や変更なしに娘を育ててきたと
 いうことは前回書いたが、では何もかも現実的に育てたかという
 とそうではなく、どちらかというと身の丈というよりは、できる
 だけ一流の物を取り入れる機会を作ってきたつもりではある。

 ただ、自分があまり精通していない分野において、例えば絵画な
 どで、よく美術館に足を運ぶことが感性を磨くことになるのかど
 うかは、正直よくわからない。

 というのも、こういう例と比べるのが適切かどうかわからないが、
 芸能人の格付け番組というのがあって、そこで一流の物とそれほ
 どでない物を見分けることができるのかどうかというのを毎年
 やっていて、それを見ていても、人間の感性がいかにあてになら
 ないかを感じるからだ。私がいいなあと思う物がもしかしたら、
 全然無名の人の作品だったとか、おいしいと感じる物が添加物
 の入った食品だったとか、そういうことは日常的にあると思う。

 実際柔らかくて高級肉間違いないと選んだ肉がスーパーで売って
 いるグラム300円ぐらいのものだったとか・・・・・

 名監督の撮った映画と素人の作品を比べてもそのよさが全くわか
 らない人もかなりいるということなど・・・・

 こういうのを見ていると、人間って名前や評判で決めていて、本
 当のところなど何もわかっていないのじゃないかと疑問に感じる。

 例えば名画展に行っても、私には美しい絵だなと思うことはでき
 るが、どこがどう素晴らしいのかを本当にわかっているかは別で、
 世間的に有名だから、とりあえずそういう物を見せるというのは
 何も見せないよりはずっといいけれど、必ずしも感性豊かになる
 のかな?と思うことがある。

 だからある程度自分がその世界を知っていて、それなりに理解
 している分野に関しては一流かそうでないかはわかるので、どこ
 が素晴らしいのかを子供に教えて、それを意識することで良い物
 を見極める練習をすることが可能だと思っている。

 私は自分がそろばんの世界ではちょっとだけその当時活躍してい
 たので、たくさん賞を取ってトロフィーも家にあるし、素人の人
 よりは幾分理解しているつもりなので、先生を選ぶ時は質を重視
 した。

 当然塾などもどういう塾ならよくて、どういう個別指導なら娘
 をまかせられるかなども業界関係者ならおよそわかる。

 だからそういう物に関しては遠くまで探し求めてでも一流にこだ
 わった。近くにあるものを選択せずに良い物を探してわざわざ遠
 方に小さい子を連れていくことは、人によってはそこまでしなく
 てもと思うことだったかもしれない。

 でもそれをしっかりやったからこそ、力をかけた物は伸びた。

 ただ、親ができることには限界があり、何でもわかる訳ではない。
 自分がわからない分野で一流のものを見極めるためには、最初か
 ら評価がすでに高いものを見るしか方法がないのも現実だ。
 だからそういう物を見るしかない場合、そこで一工夫することで
 それが単なる鑑賞会で終わらず、「よかったね、きれいだったね」
 という単純な感想ではなく、もっと活きたものになる気がする。
 
 私が考える名画の鑑賞の仕方はこんな感じだ。
 いい絵と言われているもの、その中でも自分の感性にあっていて
 眺めていたいと感じるものを子供に見せて、例えばそこで使われ
 ている色が何と何とを混ぜてそんな色にできるのかを、色々試し
 て下手くそでもいいからその色合いを真似てみる。もちろん絵の
 具も全然違うし、同じ色など出せるはずもないのは承知の上で、
 この微妙な青は何から出しているのだろうという疑問を持つこと、
 どうやってこんなに綺麗な発色ができるのだろうと考えること。
 そういう鑑賞の仕方なら、たった一枚の絵でも十分できる。

 光と影のでき方を観察してこっちから光が当たっているから、
 この絵はこうなっているんだよとか、あるいはじっくり一枚の
 絵をたとえリトグラフであってもいいから、眺めて何か隠され
 た文字を発見したりするとか・・・・

 そういう面白いことをやってみるのも一つの手ではないかと思う。
 こういう実験のようなことをやっていくうちに、観察力がついて
 細かいことに集中できる力もつくかもしれない。

 それをするには、最初は本の方が便利ではある。
 例えば、こういう本で色の勉強をして、感性を磨くのもいい。
 
 子供と一緒に見て楽しんでいくうちに、じゃあ本物を見てみよう
 かということになり、子供も興味を自ら示すようになればもうけ
 もの。その時こそが展覧会や美術館に行くチャンスになる。

 今はこういった名画解説本もたくさんあるし、親がわからなく
 ても見るべきポイントのようなものを教えてくれる。
 それを利用するもよし。ただ、ずっと知識ばかりでは面白くない
 だろう。必ずその後には自分で描いてみたいという思いが強くな
 るに違いない。

 そこをすかさず後押ししてやれるかどうか・・・・・
 そんなもんは役立たないから勉強の方をと思ってしまうのは
 残念すぎるので、幼児期ならではの時間を大切にし、無駄に見え
 ることでもやってみることが、何かを生み出す原動力になると信
 じている。

 


 うちの旦那は味覚音痴で
 あきらかに安くてまずいハンバーガーを
 おいしいと言うので、一流ってどういう
 感性なんだろうと思うまめっちママに
 応援よろしくお願いします
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* Category : 幼児期にしておきたいこと
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